『EXODUS』22話を見た後、私はこう書いた。
シュリーナガルからダッカ、そしてハバロフスクで竜宮島と合流するまでの旅は一騎、総士、真矢、暉にとっては自らの親世代の追体験であったが、視聴者は2118年以降、日本が人類軍からどのような攻撃を受け、どんな視線で見られていたのかを目の当たりにすることになった。 蒼穹のファフナー EXODUS 第22話-2「旅路の果て」
島の外の世界を旅した一騎、総士、真矢の選択はドラマCD『THE FOLLOWER2』で描かれたが、フェストゥムだけでなく人類からも隠れることを選んだ親の世代とは異なり、子の世代は犠牲を払ってでも対話し続けることを選んだ。もっとも親と子の世代では置かれてる条件が異なり、親の世代はフェストゥムと対等に戦うことができなかったが、子の世代はフェストゥムと対等に戦うことのできる武器を持っている。一騎、総士、真矢が選択した時にはフェストゥムの一部と人類の一部とは和解しているので、たとえ外に開かれた場所に出て行ったとしても、もはや孤立無援ではない。
『EXODUS』で真矢は「自分を犠牲にしてでも、大切な人を守りたい」という気持ちを突き詰めていったが、それは結果として新国連事務総長、ヘスター・ギャロップの人生を追体験する形となった。ヘスターにとって真矢は過去の自分そのものであり、それ故、自らの後継者に仕立て上げようとした。
最終的に真矢はヘスターとは別の道を選んだが、そこにはどんな意味が込められているのだろうか。
人類軍の「誰かを守るために、自分を犠牲にする」という考え方はヘスターの若い頃の考え方に端を発している。
ヘスター「敵ではなく人類が人類を滅ぼすというのなら、私が止める。
本当に救うべき者たちを敵と人類の両方から守ってみせる」
『EXODUS』23話
そのヘスターの考えを突き詰め、新国連の上層部が出した結論はこれだった。
バーンズ「本当の目的はフェストゥム因子の消滅と因子に感染しない特異体質者の選別だ」
溝口「そんな人間がいるのか」
バーンズ「5万人ほどな。
第4プラン、赤い靴作戦。
選ばれた5万人を生かすため、残り20億人の人類を敵と共倒れさせる」
『EXODUS』23話
もっともバーンズは新国連の上層部のこの考えを否定し、謀反を企てる機会を探っていた。
翔子「一騎君、あなたの島、私が守るから」
一期6話
翔子のこの考え方を肯定した場合、最終的に行き着く先は新国連事務総長のヘスターであり、フェストゥムと戦う人間は人類軍の兵士と同じ考えを持つようになってしまうだろう。総士はこのことに気がついていて、真矢に翔子の戦い方を肯定した時の危険性について話していた。
総士「もし羽佐間のように、敵ごと自爆することが有効な戦術であると、
パイロットたちが認識したらどうなる。
いざという時に一人ずつ、自爆させろというのか」
真矢「そんな、あたしそんなこと…」
総士「島の住民がそれを期待し始めたらどうなる。
敵が防衛圏を突破して迫った時、ファフナーのパイロットだけでなく、
あらゆる人間が敵ごと自爆すればいいと考えるようになるぞ。
そんな戦い方、一度始まってしまったら、もう歯止めが効かないんだ。
一人がやれば次が、次がやればその次が。
どんどん死にたくない者にまで、敵と一緒に死ぬことを強要するようになる。
そんな、島にいる人間を一人残らず滅ぼすような戦い方を、
僕が肯定するわけにはいかないんだ」
ドラマCD『NO WHERE』
総士は真矢から「だったらせめて一騎君にそれを言ってあげてよ」(※1)と言われたにもかからわらず、この話を一騎にすることはできなかった。しかし、一騎が人類軍の捕虜となり、連行されたモルドバ基地がフェストゥムに襲撃された時、一騎は人類軍のファフナーに乗って、人類軍の兵士と共に戦った。そこで一騎は人類軍の兵士の戦いに対する考え方を知った。
人類軍兵士「気にするな、俺たちは兵士だ、命は惜しくない」
一期14話
だが、一騎はその言葉を聞いた時、翔子を思い出して、否定する。
一騎「そんなの、そんなの嘘だ」
一期14話
『EXODUS』での真矢は翔子の後を継ぐ者であり(※2)、弓子の後を継ぐ者(※3)であった。そして、翔子と弓子はともに「自分を犠牲にしてでも、大事な人を守りたい」という考えに基づいて行動する人だった。
羽佐間家の墓前で「あたしも戦うよ、翔子」(※4)と言った真矢は『EXODUS』では一騎がファフナーに乗らずに済むようにと戦闘機の訓練を受け、ファフナーに乗って戦った。島外派遣には自らの意志で参加したが、シュリーナガルに到着した直後、フェストゥムに襲われ、弓子はいなくなった。そのため、真矢が弓子の後を継いで弓子と美羽を守ることになり(※5)、人類軍の爆撃機を攻撃して撃墜した。また、真矢は一騎の命を狙った人類軍の暗殺者を殺害した。
一騎「いつも、そこにいるんだな」
真矢「ずっとファフナーに乗ってるみたいで、
いろいろ平気になるの。
なんでも平気な自分に」
『EXODUS』19話
その結果、真矢は心に深い傷を負った。それでもなお真矢は大切な人を守るために、自分を犠牲にし続けた。真矢は人類軍の捕虜になったが、新国連に使役されるミツヒロの姿に耐えきれず、ここでも自分を犠牲にしてマーク・レゾンのテストパイロットになった(※6)。
敵に追い詰められても「自分を犠牲にしてでも、大切な人を守る」という考えを捨てなかった真矢は、若い頃のヘスターそのものだった。そして、テスト・パイロットという形で手に入れた強大な力を持つマーク・レゾンは真矢をヘスターと父ミツヒロ・バートランドと同じ道へと誘った。しかし、竜宮島のミールが真矢を冷静にさせた。
ミツヒロ「だがもう少しであれを目覚めさせられるし、ここを滅ぼすことができる。
ギャロップもプロメテウスも、ここにいる人類軍も消してしまえる。
お前の命を使って」
真矢「今のあたしが島を守るには、それしかないから」
ミツヒロ「それがお前の選択なのだな、真矢。
力を芽生えさせる時、周囲のものすべてその代償となることを受け入れるのだな」
真矢「うん、そう思っていた。
こうしてお父さんと話すまでは」
ドラマCD『THE FOLLOWER2』
ヘスターと父、ミツヒロ・バートランドとは別の道を選んだ真矢は、ヘスターの言葉と同じ言葉を使って(この記事の冒頭に引用)、ヘスターに別れを告げた。
真矢「あなたが、この先もたくさんの人を犠牲にするなら、
人が人の敵になるなら、私が、止めます」
『EXODUS』23話
真矢は最終的にへスターの考えを否定したが、それは赤い靴作戦に反対し、新国連に謀反を企てたバーンズの考えと一致する。一期では一騎と真矢が一体となって北極ミールを攻撃し、物理的に砕いた。『EXODUS』ではすでにヒビは入っているものの一枚岩(※7)だった新国連と人類軍を、ヘスターとは別の道を選ぶという形で真矢一人で砕いた。真矢はある意味、オリジナルとは別の選択をしたヘスターなのだろう。たとえバーンズが失脚したとしても、史彦のデータ開示により世界の真実を知った人類軍の兵士の中から、新国連の赤い靴作戦に異を唱える者が現れるはずだ。
北極ミールが地球にやって来た後、人類がフェストゥムと戦う時に必要だったのはヘスターのような強硬な考えを持つ者だった。そういう意味ではヘスターは時代に必要とされて生まれた存在だった。しかし、北極ミール到来から37年の時が流れ(※8)、フェストゥム側の考えも変わった結果、ヘスターの考えは時代と合わないものになりつつあるのかもしれない。ただし、ヘスターのように地球からフェストゥムを抹殺したいと思う者は、いつの時代も存在し続けるだろう。
・終わりに
これをもって『EXODUS』を見終わった時の感想は終わりとなります。本編は複雑且つ情報量が多く、一度見ただけでは理解できず、設定と脚本の仕掛けを読み解くにはある程度の時間も必要でした。
総士は自分に与えられた役割を果たし、最後に未来の自分に対してメッセージを残して、存在と無の境界線を越えていきました。巷では「デスポエム」と言われているメッセージに総士が込めた思いとはなんだったのか。私自身、これについてずっと考えていました。先日、ある本の中に、その答えともいうべき言葉を見つけました。
私は、君たちを絶望させるために話したのではない。
勇気を持ってほしいからこそ、話したのだ。(※9)
この言葉はホロコースト時の強制収容所で以下のような状況で発せられたものです。
彼(注:ザクセンハウゼンの強制収容所にいた一人の収容者)は新しく到着した収容者たちに、収容所の規則と生活がいかに厳しいものかを語った後、自らの話を次のように締めくくったのである。(※10)
『RIGHT OF LEFT』で壁に文字を書くというアイデアの元になったのが、アウシュビッツ強制収容所での話だと冲方丁が言っていたことを思い出しました。
アウシュビッツ収容所で、絶望しかなかった人びとが残せるものは言葉しかなかった。だから壁に言葉や自分の名前を書いて、ガス室に送られていったという話を読んで、あまりにも印象的だったので、今回、イメージを入れてみました。
『Charada』vol.1(宙出版)
※2 蒼穹のファフナー EXODUS 第26話-19-1「”あなた”から”みんな”へ」を参照。
※3 蒼穹のファフナー EXODUS 第26話-29「守られる者から守る者へ」 を参照。
※5 『EXODUS』10話、弓子は真矢に道生の銃を手渡した。
※6 『EXODUS』22話、真矢はヘスターに「やめて! 言うこと聞くから。お願い」と懇願している。
※7 『EXODUS』5話でナレインが「今の世にジャーナリズムが生きているとは」と言っていたことから、おそらく新国連の支配する世界は情報統制されていたと思われる。
※8 北極ミールの到来は2114年、『EXODUS』1話Bパートは2151年6月28日。
※9 マイケル・ベーレンバウム『ホロコースト全史』(創元社)の「著者あとがき」から引用。この後に「さあ、次に語るのは君たちだ!」という言葉がある。
※10 マイケル・ベーレンバウム『ホロコースト全史』(創元社)の「著者あとがき」から引用。