蒼穹のファフナー EXODUS 第26話-11「真矢と一騎-分断された関係」

一騎「あのさ…」
真矢「だーめ」
一騎「なにも言ってないだろう」
真矢「一騎君はお留守番。
   真壁のおじさんにも溝口さんにも言われたでしょう」
『EXODUS』5話

 

 『EXODUS』での真矢は一騎の意志(ザインに乗って戦う)を無視して、ひたすら一騎に自分の気持ち(私が戦うから島にいてほしい)を押し付けているように見える。視点を変えれば、真矢は一騎が確実に自分より先にいなくなることを受け入れられず、現実から目をそむけているとも言える。一騎がザインに乗ることはアルヴィス上層部から禁止されているとはいえ、一騎から見れば、真矢のやっていることは一方的な好意の押し付けにすぎない。

剣司「つらいな、見守るだけってのは」
一騎「ああ」
『EXODUS』2話

 一騎が真矢から言ってほしかった言葉はこれである。しかし、真矢はファフナーに乗れる、一騎はファフナーに乗れないというように立場が違っているため、今の真矢の口から決して出てこない言葉でもある。また、一期で一騎は真矢に本音を言っていたが、『EXODUS』で真矢は一騎の心に寄り添って会話することができなくなってしまったため、一騎は本音を総士に言うようになってしまった。『EXODUS』2話から3話にかけて、マカベ因子の話を聞かされた一騎はいたたまれなくなり、「出前行ってくる」と告げて喫茶楽園の真矢の元から去り、総士のところへ行ってしまった。

 真矢と総士が一騎について話し合っている場面を見ると、真矢がどういう役割を演じているのかが見えてくる。

総士「一騎とは話したのか」
真矢「行きたがってるからダメって言っちゃった」
総士「君に言われれば諦める」
『EXODUS』5話

真矢「なんで、一騎君を止めなかったの」
一騎「一騎を乗せたことで、言い訳はしない」
『EXODUS』10話

 この二つの場面における真矢の言動は子どもが心配なあまり過保護になっている母の姿と重なる。一騎は幼いころ、母を亡くしているので、ある意味、真矢は精神的には一騎の母になっていたということがわかる。

 『EXODUS』という物語で真矢に与えられた役割は神話でいうところの父親殺しだった。通過儀礼を済ませか結果、真矢は大人になり、亡くなった姉、弓子の子である美羽の育ての親となった。ならば『EXODUS』のラストで親になった一騎も神話で言うところの親殺しをしなければならない。だが不幸なことに一騎の場合は親殺しの親の役割を与えられたのが友達である真矢だった。

 一騎は『EXODUS』で常に真矢のいない時に決断していた。『EXODUS』6話で織姫から「美羽を守りに行きなさい」と言われ、ザインに再び乗ることを決めた時、真矢はすでにシュリーナガルへ出発した後で不在だった。『EXODUS』22話、シュリーナガルから移動してきたアショーカと住民と島が合流する時の戦闘で、真矢は新国連の捕虜となり、島に帰ることのできた一騎と別れた。だが、一騎自身も限界を越え、昏睡状態に陥った。その時、一騎は島のミールと話し、一人で自身の未来を選んだ。それは完全に過保護な母の存在=真矢から精神的な別離をも意味した。

 

真矢「この向こうに島がある」
一騎「遠見、誕生日おめでとう」
真矢「えっ」
一騎「今日だろ、11月11日」
真矢「あたし、忘れてた」
一騎「帰ったらお祝いしよう。島の人たちと一緒に」
真矢「うん、ありがとう」
一騎「先に行ってくれ。すぐに追いつく」  真矢「うん」
『EXODUS』21話

 ここでの会話は一騎と真矢の心理的な距離が『EXODUS』の中で最も近かった場面だと思う。その上で『EXODUS』25話で真矢が竜宮島に帰ってきた時に一騎と真矢が話す場面の台詞を注意深く読んでほしい。

一騎「おかえり、遠見。広登は?」
総士「遺体の一部を持ち帰った」
一騎「敵か、それとも」
総士「不明だ。暉には僕が話す」
一騎「暉は…もう…いないんだ」
真矢「えっ」
『EXODUS』25話

 一騎は真矢に「おかえり、遠見。広登は?」と聞いているが、真矢は言葉で答えることができず、代わりに総士が答えている。その後、一騎の「暉は…もう…いないんだ」という言葉に真矢は「えっ」という言葉を返すのが精一杯。ここは脚本上、広登と暉の生死について相手に伝えるという役割をあえて一騎と真矢に振り、二人の会話が成り立たず、すれ違っていることを表現している。別れる前の最後の会話となった『EXODUS』21話での親密さはどこへやら、二人の気持ちは完全にすれ違ってしまった。キールブロックで一騎が未来を選んだことで一騎は親離れ、つまり真矢から離れてしまった。

 この後、喫茶楽園、神社での成人式、アルヴィスの会議室といった場面で一騎と真矢は一緒にいるが、直接二人で会話する場面はない。二人の精神的な距離を表現するために意図的に描写されていない。そして、『EXODUS』26話のエンディングで真矢は美羽を抱き、真矢が美羽の育ての親になることが暗示されている。一方、一騎は甲洋、操ともニヒトのコックピットで赤子を見つけ、最後にその赤子は一騎が育てていることが描写された。真矢と一騎は『EXODUS』でともに大人になるために通過儀礼としての親殺しを行った。二人は親になったものの、それぞれ別の家庭を築くという結果になった。

 一騎の子供時代からの別離の象徴は総士だった。親殺しの親としての役割は真矢だった。その結果、一騎は大人になるための代償として、物理的に総士を、精神的に真矢を失った。一騎は一番の仲の良い友人二人を失ったことになる。

 一騎は真矢の誕生日(11月11日)で人としての命を終え、島のミールとの契約で生と死の循環を超える命を与えられた。それは一騎の寿命という問題から目を逸らし、「私が戦って守るから、一騎くんは変わらずに島にいてほしい」という真矢の望みを島のミールが叶えた形とも言える。しかし、相手にいつまでもほしいという真矢の望みはいびつであり、真矢には自分の望みが成就した結果を見続けるという苦しみが与えられてしまった。

 

・追記-総士について-

 『EXODUS』で総士は精神的には一騎の父とも言える存在だった。上記で引用した『EXODUS』5話と10話の真矢との会話以外で、総士が一騎の父という役割を演じたのは以下の場面。いずれも父、史彦が不在の場面である。

ジョナサン「教えてください。
      あなたたちの機体はわれわれにも持てるんですか」
   総士「無理だろう、パイロットごと味方を滅ぼしかねない。
      本来封印すべき代物だ」
ジョナサン「そうですか」
   一騎「じゃあ、またな」
『EXODUS』10話

一騎「共鳴…。おれとこいつらが」
総士「そこまでだ。
   代わりにお前の命をくれてやる気か」
一騎「命が終わる時はそれもいいな」
総士「おい」
『EXODUS』18話

 『EXODUS』25話で真矢を連れて帰った総士が一騎を一目見て、島の祝福を受けたことに気がつく。この時、父、史彦が一騎の変化に気がついていないだけに、息子の決断を黙って受け入れる父の姿そのものだった。そう考えると『EXODUS』26話での総士との別れ=父との別れとなり、親が先に逝くのは世の理で避けることのできないものであり、一騎は穏やかに総士との別れを受け入れたともいえる。

 

 『EXODUS』で一騎と真矢は対になる存在として描かれたが、最終的に正反対の道を選び、二人が共に歩む未来は徹底的に否定された。蒼穹のファフナー EXODUS 第26話-3「一騎と真矢」も参照。