蒼穹のファフナー EXODUS 第26話-5「総士の役割」

 なぜ総士は帰って来たのか。
 総士は何をして、総士は何を残していなくなったのか。

 

・去りゆく者、後を継ぐ者

 総士は物語の最初から竜宮島のコアの意思に従う者であり、島とフェストゥムの知識の両方を持つ者だった。その総士が生存限界を達していなくなるのであれば、その知識は誰かに継承しなければならない。その総士の後継者として選ばれたのが一騎だった。岩戸を出た織姫は総士にアルヴィスに一騎を呼び、一騎と総士に「総士、一騎、今すぐ美羽を守りに行きなさい」という命令を与える。

 一騎は総士ともに竜宮島を出てから、常に総士の隣にいる姿が描かれた。シュリーナガルから竜宮島へ帰る旅での一騎の仕事はただ総士の行動を見守ることだった。その意味は青池保子「アルカサル-王城」の主人公ドン・ペドロが語っている。

──だが私の目は宰相の行動を見逃しはしない
私にはこの大政治家のやりかたを学び体得する必要がある
やがて私がダルブルケルケを支配し
真のカスティリア国王として君臨するために──!(※1

 

 一騎と総士の二人の関係の変化は戦闘シーンを通して描かれている。

総士「ここは任せるぞ、一騎」
一騎「やってみる」
『EXODUS』9話

一騎「行ってくれ。こいつは俺がやる」
総士「なんだと」
一騎「ニヒトなら行ける! 総士」
総士「お前に頼まれる日が来るとはな」
『EXODUS』15話

一騎「行け、総士。こいつは俺がやる」
総士「頼むどころか命令か」
『EXODUS』21話

 島を出てすぐの『EXODUS』9話では総士が主、一騎が従だったのが、旅を終える直前の『EXODUS』21話では一騎が主、総士が従になっている。旅の間、総士の一部始終を見て学んでいた一騎が総士に追いつき、最後には追い越した。だが、この戦闘で人としての命を使い切った一騎(※2)は島のミールからこう問いかけられる。

カノン「今我々とお前の間で調和の可能性が開かれた。
    皆城総士が存在と無の調和を選んだように。
    お前が世界を祝福するなら、
    我々が生と死の循環を超える命を与えよう」
『EXODUS』24話

 一騎が島のミールとの調和を受け入れた時、総士の知識はすべて一騎に受け継がれた。『EXODUS』25話で一騎は総士に「お前が選んだ道を、俺も選ぶよ」と言った。この時、名実ともに一騎は総士の後継者となり、総士は役割を終えた。この後、ニヒトに搭乗した総士は自らの命が残り僅かであることを悟り、未来へのメッセージを残した。

 総士の後継者となった一騎は『EXODUS』26話で総士がマークレゾンの攻撃で地上へ落ちた時、総士の後を追わなかった。もはや一騎は総士から完全に独立した存在であり、マークレゾンと戦うという今、自分のやるべきことをやっていた。

剣司「お前しか動けない。ベイグラントを止めてくれ」
総士「了解した。
   今更だが気分が良いものだな。
   仲間に指揮を預けて戦えるというのは」
『EXODUS』26話

 一方、地上に落下した総士はもはや失ったニヒトの右腕を再生することすらできない。しかし、剣司が手を貸して、ニヒトの右腕を再生した。総士の昔からの望みである一人の戦士として戦うことができたのは、自らが背負っていたものをすべて後継者に引き渡した後だった。総士はベイグラントのコアを破壊し、コアの少年を祝福した。そして、自らの生存限界を迎え、肉体は砕け散った。

 

・子供時代の象徴

 初見時、一騎が存在と無の地平線を超える総士を追いかけようとしたが、甲洋と操に止められ、微笑んで総士と別れるという描写に私も違和感を覚えた。放送が終わってからずっとなぜあの演出の意味を考えていた。その意味するところがわかった時、あの演出以外ありえないと思うようになった。一騎にとっての総士とは子供時代の象徴であり、大人になる時に失うものだったのだ。『EXODUS』で生き残った一期と後輩組のパイロットが失ったものと得たものを一覧表にしてみた。

  失ったもの 得たもの
一騎 親友、総士(26話) 転生したそうし(26話)
剣司 咲良の母、澄美(26話) 咲良(19話)
咲良 母、澄美(26話) 剣司(19話)
  親友、広登(25話) なし→転生した島のコア(26話)
里奈 弟、暉(24話) 彗(25話)

 失ったものがそれぞれのキャラクターの子供時代の象徴だとすれば、弓子と広登がいなくなったことが作中ではっきりとするのが、物語終盤に持ち越されたことが意図的なものだったことがわかる。剣司と咲良のように先に結婚という形で大人の証を得たキャラは後で失った。注目すべきは芹で、広登を失ったものの与えられるものが何もなく、自分でもぎ取りに行くという、イレギュラーな形になっている。

  失ったもの 得たもの
真矢 (父、ミツヒロ) 溝口(26話)
  姉、弓子(26話) 美羽(26話)
  弟、ジョナサン(23話)

 真矢は主役と同等の扱いなので、失ったものと得たものが多い。父、ミツヒロは今回精神的に失ったものと見なしている。一期終盤で衛、咲良、彩乃(母)を失った剣司を思い出させる。ということは、剣司が『EHAVEN AND EARTH』で咲良を取り戻したように、真矢もいつか生存している弟、ジョナサンを取り戻すことができるのかもしれない。

 さて、ここで問題は失ったもの(総士)と同じものを少し違う形(転生したそうし)で得た一騎である。一騎は大人になったものの、生と死の循環を超えた命、つまり「不変」を受け入れてしまった。この後、アルタイルと対話し、竜宮島を取り返す戦いでは、一騎は同級生とは異なり、再びザインに乗ることになるのだろう。「ファフナーに乗る=子どもである」という構図だとすると、一騎だけ失ったものを別の形にせよ得たということは、ある意味大人にはなれなかったことを象徴しているのかもしれない。

 『EXODUS』は一期のメンバーが子供時代に別れを告げ、大人になる物語ということで剣司と咲良は結婚式、一騎と真矢の20歳の誕生日という形で大人になった証がきちんと描かれている。一方、作品の中で誕生日が描かれなかった総士は大人になることができなかったということを暗喩している。

 

・傷を癒やす者

 総士が一騎の子供時代の象徴であるなら、総士はいなくなる前に自身が一騎に負わせた傷を癒やさなければならない。

一騎「ずっといなくなりたかった。
   俺なんか、いなくなればいいって」
一期15話

 幼少時に皆城総士の左頭部を傷つけた一騎の右手。~中略~(一期)22話で発現した同化現象が右半分を覆ったのは、右に対しての嫌悪感、罪悪感を今でも抱いていたためで、一騎はそれは罰として受け入れた。(※3

 総士を傷つけた時に一騎が負った傷とは「いなくなりたい」という心と総士を傷つけた右手である。 「いなくなりたい」という心を持った一騎が総士不在の状態ではいなくなってしまうかもしれないと思った総士は次の言葉を残して、総士不在の一騎に存在する理由を与えた。

総士「僕は一度、フェストゥムの側に行く。
   そして、再び、自分の存在を作り出す。
   どれほど時間が掛かるかわからないが、必ず」
一期26話

 そして、総士は『HEAVEN AND EARTH』で肉体を取り戻して帰ってきた。帰ってきた総士の役割は一騎が成人するまで一緒に過ごし、自身が一騎に与えた傷を癒やすことである。その一方で一騎と総士には生存限界という二人だけの共通した問題を抱えていた。

一騎「ずっと考えてた、最後の生き方を」
総士「僕もだ」
『EXODUS』6話

 この問題に関しては当事者ではない真矢、カノンは一切立ち入ることができなかった。

 竜宮島を出てシュリーナガルへ行き、そこから竜宮島に向かう旅の中で、一騎は竜宮島では考えられないほどの過酷な生と死を見ることになる。そして、一騎の出した結論がこれだった。

 一騎「戦うだけじゃ希望になれないって思い知った。
    ただ命を使うだけじゃ、どこにもたどり着けない」
 総士「同感だ。
    僕らには新たな平和を作る術がない。
    世界を導く者たちを、対話の力を守ろう。
    犠牲になったすべての人のためにも」
 一騎「そのために俺はここにいる」
『EXODUS』21話

 一騎はただ命を使うだけでは事態を解決できないことに気がつき「ここにいる」ことを選んだ。だが、一騎はこの戦いで人としての命をほぼ使い切った。一騎は『EXODUS』4話で島のコアから「あなたはどう世界を祝福するの」と問いかけられていた。そして、島のミールからいずれ世界を祝福するならば、という条件付きで、生と死の循環を超える命を与えるという契約を持ちかけられた。その問いに一騎はこう答える。

 一騎「昔、自分なんかいなくなればいいと思ってファフナーに乗った。
    なのに、自分がいる理由を探して、ずっと乗り続けた。
    選ぶよ。
    まだ俺にも命の使い道があるなら。
    それを知るために生きたい」
『EXODUS』21話

 一騎はここで生きることを選び、かつて総士が一騎に与えた心の傷は完全に癒やされた。その証として同化されて失った右腕を島のミールの力で取り戻す。そう、一度フェストゥムの側へ行った総士が左目の視力を取り戻したように。

 結局、総士が一騎に与えた傷は総士にしか癒やすことができなかった。ワーグナーの楽劇『パルジファル』のこの台詞を思い出す。

パルジファル:ただ一つの武器だけが
       その傷を閉ざすのに役に立つ
       その傷を作った槍がそれなのです(※4

 一騎にとって総士はアンフォルタスに傷を与え、その傷を癒やした聖槍のような存在だった。

 

※1 青池保子「アルカサル-王城-」(秋田書店)1巻より引用。

※2 髪が一騎の人としての寿命を象徴。

『EXODUS』3話
  総士「伸びたな、切ったらどうだ」
  一騎「これも俺の一部で、生きてるって思うと切る気がしないんだ」

『EXODUS』18話
  総士「切る気がしないんじゃなかったのか」
  一騎「自分だけ命を守ってる場合じゃない」

『EXODUS』21、22話
  同化により右腕を失い、アザゼル型アビエイターを同化した後、昏睡。

『EXODUS』24話
  キール・ブロック(竜宮島の存在と無の地平線)で島のミールから祝福を受ける。

※3 一期DVD8巻リーフレット及びBD-BOXブックレット掲載の「ファフ辞苑8」より引用。

※4 楽劇『パルジファル』渡辺護訳 ジェームズ・レヴァイン指揮1985年バイロイト音楽祭収録のCDブックレットより引用。

 

 

以下、個人的な感想。

これを書き終わった感想は「切ない」。一騎と総士がたどり着いた先は水樹和佳子『イティハーサ』+萩尾望都『スター・レッド』という印象。特に人の記憶の扱いと転生する魂は『イティハーサ』と重なる要素が多い。『イティハーサ』は透祜=総士、鷹野=一騎。「スター・レッド」はレッド・星=総士。やはり総士の持つキャラクター性は女性の主人公に近いのだと思う。