物語の主人公に与えられる役割の一つに成長するということがある。主人公である一騎の成長は一期と『HEAVEN AND EARTH』でほとんど描き切っていたため、『EXODUS』で成長するという役割を与えられたのは暉だった。
・主人公の役割
もともとの設定では、暉は口がきけず、里奈とだけは会話しなくても気持ちが通じ合えるということになっていたらしい。
『アニメージュ』2005年2月号
半ば失語症の少年──真壁一騎。ふとしたことで、すぐ喋れなくなる。
冲方丁「蒼穹のファフナー」プロット(※1)
一期の暉には言葉をしゃべれないという設定があったが、冲方丁が書いた『蒼穹のファフナー』のノベライズのプロット段階では一騎に失語症という設定があった。実際に小説を書く段階でこの設定は削除されたが、これは物語の初期段階で一騎と暉に共通する設定があったということを意味している。
『EXODUS』での暉の変性意識は「敵を倒すことに喜びを感じるようになる」(※2)だが、『HEAVEN AND EARTH』にこんな台詞がある。
暉「僕、4つも倒しました。
敵が逃げなきゃもっとやれたのに…」
真矢「そう…」
暉「次はもっとたくさん来るといいですね」
真矢「楽しんでるわけ」
『HEAVEN AND EARTH』
一期の一騎は変性意識がないが、ファフナーに乗って戦う時は暉と同じような感情を抱いていた。
一騎近くで見ると、本当にキラキラ光ってて、吸い込まれそうになる。
そんな綺麗なものを、俺はこの手で叩き壊すことができるんだ」
真矢「一騎君…」
一騎「それって気分いいんだ。
もっとあいつらを、壊したくなる。
敵を破壊すると、すごく安心する。
ものすごく嫌なことのはずなのに。
戦うのが楽しいと思う瞬間だってある」
(中略)
真矢「つらいの」
一騎「敵を破壊して喜んでる自分が、嫌になる」
ドラマCD『NO WHERE』
一騎と暉の変性意識は似ているが、その二人の変性意識が残す戦闘時の感情を受け止める役割を担ったのがともに真矢であることが興味深い。『HEAVEN AND EARTH』の時の里奈は暉が話すようになったことを受け入れるだけで精一杯なので、真矢のような気配りはできない。
『EXODUS』で暉に与えられた役割とその行動は一期の一騎をなぞるものになっている。一期で一騎は総士を知るために自分の意志で島の外に出て行った。
一騎「ただ知りたいんだ。
知らなかったことで、後悔したくない。
だから島を出る」
ドラマCD『NO WHERE』
一方、暉は真矢が参加するから自分も島外派遣に参加するという下心を持っているにせよ、一騎同様、島を出るという行動そのものは自分の意志によるものだった。
暉「美羽ちゃんを守るために遠見先輩も行く気だし」
里奈「遠見先輩と行きたいだけでしょ」
暉「違う、俺は外の世界を知りたいんだ」
『EXODUS』4話
一騎は一緒に島を出た狩谷先生に騙され、人類軍に捕らえられて捕虜になった。しかし、かつて島にいた日野洋治が一騎の独房を訪れ、謎めいた言葉を残して去った。
日野洋治「一騎君、私のところに来ないかね」
一騎「俺、捕虜ですよ。
そんなことできるんですか」
日野洋治「私は人類軍の参謀本部員だ、融通は効く。
私の元にくれば戦うこと以外の道を見せてやれるかもしれない」
一騎「戦う…以外の道」
日野洋治「ゆっくり考えてみてくれ」
一期13話
日野洋治は一騎に「ゆっくり考えてみてくれ」と言ったものの、実際のところ、一騎に選択の余地はなかった。竜宮島のミールをコアを使ったファフナーは島の子どもにしか乗れないが、道生が島のファフナーに乗るのは年齢的に難しく、モルドバ基地でマークザインに乗ることができる人間は一騎一人だった。そのため、日野洋治はミョルニアを通じて一騎にマークザインを渡した。
ミョルニア「私は日野洋治によってこのマークザインをお前に渡す」
一騎「マークザイン、日野さんが」
ミョルニア「日野洋治はもういない」
一期15話
日野洋治は一騎を迎えに来た真矢にマークザインの研究データを渡した。
日野洋治「真矢君、これを」
真矢「これは?」
日野洋治「マークザインの研究データだ」
真矢「マーク、ザイン」
日野洋治「存在を意味する名だ。
どうか史彦に渡してくれ」
一期14話
日野洋治は一騎と真矢にすべてを託し、フェストゥムに情報を奪われるのを避けるため、自らの命とともに研究データを破壊した。一騎はミョルニアから受け取ったザインとともに島に帰ったが、日野洋治から託されたものを島の人間に伝えるという役割を果たしたのが真矢だった。真矢は竜宮島に戻ると、日野洋治から託された研究データを真壁司令に相手に渡した。
溝口「それより渡すもんがあるんだろう」
真矢「あっ、日野洋治さんがこれを」
一期17話
さらに真矢は道生に父、日野洋治の最後の様子を伝えた。
真矢「あたし日野のおじさんと会ったんです。
それを話したくて」
道生「親父の最後の時、一緒にいてくれたんだってな」
真矢「あたし、なんにもできなくて、
見てるしかなくって、ごめんなさい」
道生「最後に島の人間と話せて親父も嬉しかったと思う。
だから、ありがとうな」
一期18話
暉は島外派遣に参加することになり、シュリーナガルに旅立ったが、到着した翌日、町はフェストゥムに襲われた。助けを求める美羽の声に応じて追加派遣されたザインとニヒトがフェストゥムを退けた。(※3)しかし、町は壊滅状態となり、住民とともにダッカを目指すことになった。ダッカ近くの戦闘時に人類軍によってマークフュンフは鹵獲され、広登が行方不明となった。そこで暉は広登のカメラを手に取り、広登の仕事を引き継いだ。それは広登の考えを暉が引き継ぐということも意味していた。
広登「俺は、俺が知っている平和を世界に広めたい。
だからここにいる」
『EXODUS』13話
人類軍から襲われたたため、ダッカへ向かうことは諦め、一行は人の住まぬ地を進んでハバロフスクを目指した。その旅の途中、偵察任務中に暉はペルセウス中隊に所属するウォルターから声を掛けられ、謝罪の言葉を聞かされた。
ウォルター「ずっと君たちに謝りたかった。
太平洋方面509混成航空部隊サジタリウス爆撃隊元副操縦士。
それが俺だ。
3年前、俺たちが君の島を爆撃した」
暉「なんで話す。
お前がスパイか」
『EXODUS』19話
当然のことだが、暉はすぐにウォルターの謝罪の言葉を受け入れることはできない。ウォルターはこの後も機会を設けて暉と話し続けた。
暉「あなたをどう憎めばいいかわかりません。
許すことだってできませんし」
ウォルター「そうか、そうだよね」
暉「竜宮島に来ませんか。
俺たちの故郷を見て下さい。
空からじゃ、何を壊そうとしたかわからないでしょう」
ウォルター「美しい島だと聞いた。
君がそうさせてくれるなら、この目で見たい。
ありがとう」
『EXODUS』21話
しかし、ウォルターは暉からの提案された竜宮島を訪れることはかなわなかった。ハバロフスクでシュリーナガルから旅してきた一行と竜宮島が合流する時、フェストゥムだけではなく人類軍も攻撃してきた。ウォルターは人類軍に捕らえられた真矢を助けるために、ファフナーと潜水艦を道連れにフェンリルを使っていなくなった。
暉が島の外の世界を見て、暉とウォルターから学んだことを伝える相手は人類軍への憎しみを持ち続ける里奈だった。
暉「島に爆弾を落とした人に会ったよ」
里奈「えっ」
暉「いい人だった。
俺たちを守っていなくなった」
『EXODUS』24話
ウォルターの謝罪の言葉を聞いた時の暉と同じく、里奈もまた暉の言葉を簡単に受け入れることはできず、この時ははぐらかした。結局、里奈が暉の言葉と真正面から向き合ったのは、暉がいなくなった後だった。
暉「ウォルターさんに島に来てくれって言った。
その時思ったんだ。
広登の無事がわかったら、別の願いを書こうって。
世界中に竜宮島の平和を知ってほしい。
そのために俺は生き残る」
『EXODUS』25話
『EXODUS』で暉に与えられた役割は竜宮島にたどり着けなかった人の言葉を竜宮島の住人に伝えるというもので、一期の一騎と真矢の行動と役割を合わせたものだった。一期の一騎と真矢、『EXODUS』の暉がいなくなった人から受け取ったものはすべて未来への希望の鍵だった。一騎と真矢が日野洋治から受け取ったものは、すぐに史彦と道生が受け取った。暉は広登とウォルターから受け取ったものを里奈に渡そうとしたが、ウォルターの謝罪の言葉を受け入れられない暉と同じように、里奈も暉の言葉を拒否した。結局、ウォルターが命を使って真矢を助けようとしたことで暉がウォルターの言葉を受け入れたように、暉が里奈を守るために命を使った結果、やっと暉の言葉が里奈に伝わった。暉は一騎のように島のコアから「あなたはどう世界を祝福するの」(※4)とは問われていないが、もしかしたらこれが暉の祝福だったのかもしれない。人がフェストゥムを祝福するとフェストゥムも人を祝福するが、人は祝福した人を祝福することができないため、人である里奈を祝福した暉はいなくなってしまった。
暉は一騎と重なる部分が多い一方で、戦闘時の能力は一期で同じポジション(狙撃)の真矢には及ばず、ファフナー・パイロットとしては飛び抜けた力を持たない、平均的な存在だった。そういう意味で暉は一騎から主人公特有の強大な力を差し引いた存在として描かれていた。それにもかかわらず、暉は真矢と料理に関しては最後まで一騎をライバル視していた。
暉「俺、一騎先輩のこと尊敬してますけど、負けませんから」
『EXODUS』1話
暉「俺、負けませんから。
行ってきます」
『EXODUS』24話
暉は島外派遣から帰ってきた後、里奈のリクエストに応じてカレーを振る舞った。この時、里奈は「上達したじゃん。一騎先輩と比べるとまだまだだけど」(※5)とコメントしたが、暉は残念ながら最後まで一騎に勝つことはできなかった。
実際のところ、暉が最終的にたどり着いた先は一騎ではなく、暉の同級生でありながら暉よりも精神的には大人の広登だった。マークフュンフが人類軍に鹵獲された後、暉は広登のカメラを手に取り、広登の役割を引き継いだが、暉は広登がやっていたように目の前で起きたことをカメラで記録していくことで、広登の考えを理解していった。『EXODUS』24話、暉は海神島でアショーカのコアを同化しようとするベイグラントのフィールドを防ごうとした。この時の暉の台詞「まだだ、まだ動ける」(※6)は一騎の「まだだ、まだやれる」(※7)という台詞と重なるが、この時、暉が取った行動は『HEAVEN AND EARTH』の広登そのものだった。だが、島外派遣に参加してファフナーに乗り続けた暉の肉体は限界に近く、里奈の分の負荷を背負った上でベイグラントのフィールドを破壊した時、肉体は限界に達し、同化されてしまった。暉は里奈にすべて託し、広登とともに竜宮島のミールの元へ去っていった。
・真矢と里奈
一騎の一番身近な女性は同級生の真矢だったが、暉の一番身近な女性は双子の姉である里奈だった。真矢と里奈も一騎と暉と同じように、似たような考えを持っているキャラクターだった。
カノン「丈瑠島で働くのもファフナーに乗ったのも、
一騎の居場所を守るためか」
『EXODUS』3話
真矢「一騎君はお留守番」
『EXODUS』5話
里奈「あんたは降りな。
あたしが全部やるから」
『EXODUS』24話
『EXODUS』における真矢の発言と行動、里奈の発言を並べてみた。二人とも自分がファフナーに乗って戦えば、大切な人(一騎と暉)が戦う必要はなくなり、生き残る可能性が高くなると考えていた。これは自分を犠牲にしてでも子どもを守ろうとする母親の行動を思い出させるが、一騎は父と二人暮らし、暉は里奈と祖母の三人暮らしで、ともに母が不在の家庭だった。つまり、真矢が一騎の母親代わりで、里奈が暉の母親代わりだったということになる。父親不在の西尾家で父の役割を果たしたのは祖母、行美だった。
行美「双子の姉弟がずいぶんと違う考え方をするようになったねえ。
人間は甘くない、時に敵より恐ろしい存在になる。
それを知る覚悟はあるかい。
もう子供じゃない、自分で決めな」
『EXODUS』4話
つまり一騎と真矢、暉と里奈は完全に似た者同士の男女のペアだったということになる。しかし、真矢と里奈がその後たどった道は対称的だった。
追加派遣された一騎はシュリーナガルで島外派遣組と合流。町の住人とダッカを目指したものの、人類軍から攻撃されたため、竜宮島に向かうことになった。その旅の途中で一騎と真矢はそれぞれの生き方を受け入れた。
一騎「遠見の居場所はここじゃない」
真矢「えっ」
一騎「島に帰ろう、一緒に。
生きて戻ろう」
『EXODUS』19話
しかし、一騎は竜宮島との合流を目前にしたハバロフスクでアザゼル型アビエイターを同化したが、その時、人としての命を使い切ってしまった。
一方、里奈は真矢とは異なり、暉がいる時には暉の考えに耳を傾けなかった。暉は里奈の反対するのも意に介さず、島外派遣に参加した。暉は長い旅を経て島に帰ってきた後、里奈に島の外でみたものについて話したが、里奈は暉の言葉を聞こうとはせず、自分の考えを押しつけるだけだった。結局、里奈が暉の言葉に耳を傾けたのは、暉がいなくなった後だった。
双子の暉、里奈とは異なり一騎と真矢は幼なじみの男女だが、それぞれのキャラクターの性格と立ち位置があまりにも似すぎている。『EXODUS』でこの二組の男女のペアはどちらも男性がいなくなり、女性が生き残ったということは、『EXODUS』の里奈と暉は一期で主人公とヒロインという立ち位置だった一騎と真矢を補う存在だと言うことになる。
・悲劇的な結末
『EXODUS』で主人公とヒロインという役割を与えられた一騎と真矢、そしてその二人を補う里奈と暉の結末はともに残酷だった。一騎と暉はともにファフナー・パイロットである限り逃れることのできない同化という最後を迎えたが、一騎は島のミールとの調和を得て生存、暉はいなくなるという対称的な結末を迎えた。しかし、真矢と里奈の視点から見れば、一騎と暉はともに同化されていなくなったということになる。
一騎と真矢は互いの価値観を受け入れたが、そこで一騎がいなくなり、二人の関係は終わってしまった。一騎は島のミールの祝福を受けたことで生き続けることになったが、それは人としての人生を終え、フェストゥムの側へ行ったということを意味し、同時にパートナーとしては真矢ではなく総士を選んだことをも意味していた。一騎を失った真矢だが自身に思いを寄せていた暉もいなくなってしまったので、物語の最後ではパートナーを得ることができず一人となった。
里奈は最後まで暉の価値観を受け入れることができなかった。里奈は真矢とは異なり、暉と生と死という別の世界に分かれた後、やっと暉の価値観を受け入れることができた。暉がいなくなったことで里奈はようやく暉から離れ、自分に思いを寄せる彗に目を向けるようになった。
以上の内容を表にまとめると以下のようになる。
一騎と真矢 | 里奈と暉 | |
相互理解 | ◯ | × |
同化された者 | 一騎、生存 | 暉、いなくなった |
女性(真矢、里奈)のパートナー | なし | あり(彗) |
男性(一騎、暉)のパートナー | あり(総士) | なし(真矢に失恋) |
『EXODUS』で主人公とヒロインという役割を与えられた一騎と真矢、里奈と暉は対称的な結末を迎えたことがわかる。
竜宮島側では剣司と咲良の結婚という喜ばしい出来事もあったが、『EXODUS』全体の主人公側の物語は一騎と暉、そして総士が最終的に同化という形でいなくなったことを考えると、全体的には悲劇であったと思う。
※1 冲方丁「冲方式ストーリー創作塾」(宝島社)、冲方丁「冲方丁のライトノベルの書き方講座」(宝島社文庫)を参照。
※3 『EXODUS』DVD/BD4巻の特典であるドラマCD『THE FOLLOWER』を参照。
P.S. なかなか形にならなくて、本当に長い間、悪戦苦闘しました。蒼穹のファフナー EXODUS 26話-23「和解を目指して Part3-不完全な物語」が2016年7月14日更新だったところからお察しください。あと、『EXODUS』24話(特にBパート)を見ないと書けない内容だったのがつらかった。
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