蒼穹のファフナー EXODUS 第26話-25「里奈と暉-姉弟の分離と自立」

 『EXODUS』のテーマの一つは「大人になること」だったが、双子であるため一心同体と言ってもいい状態だった里奈と暉にとって大人になることとは、互いが精神的に分離し、自立することに他ならなかった。

 

・総士と乙姫

 兄妹の精神的な分離と自立で思い出すのは一期の総士と乙姫だ。

総士「新国連の最終決戦計画に参加する場合、一騎達と共に戦いたい。
   僕がこの島を出るためのコアの許しがほしい」
乙姫「とっくの昔にあたしから離れていたくせに」
一期22話

 物語開始前に総士と乙姫の精神的な分離は終わっていたので、その過程は一期を通して過去を振り返るという形で描かれた。

総士「十年前、父さんに連れられて、初めておまえを見た」
乙姫「知ってる」
総士「それ以来、何度もおまえに会いに行った」
乙姫「知ってる」
一期22話

 総士が子供の頃の乙姫との関係について、能戸PDが次のように話していた。

【ワルキューレの岩戸での皆城さん】
皆城総士が唯一本音を言える場所として認識しています。彼が肉親を感じられる場所なんでしょう。妹の存在、母親の温もりを感じられる場所。8歳くらいの頃は、よく来てはそこで眠ってしまい、公蔵に抱かれて家のベッドに寝かされることの繰り返しでしょか。蔵前はそれを物陰から見ているという。テレビでは見せていないのですが、乙姫の人工子宮下方の裏側に彼の落書きがありますよ(笑)。
『アニメージュ』2006年1月号(※1

 冲方丁は乙姫について「放任主義的母性」(※2)と言っていたが、この裏話を読むと、子どもの頃の総士にとって乙姫は妹と母を兼ねた存在であったのだと思う。総士の母、鞘は乙姫を妊娠中、島のミールに同化されたためいない。しかし、島の真実を知った後の総士は父には甘えられない状況のため、総士にとって妹、乙姫の存在は大きく、精神的にかなり依存していたのだと思われる。

総士「ぼくはこの島のコアを守るために生きてるんだって、父さんに言われた。
   自分や他の誰かのために生きてちゃいけないんだって」
一期15話

 まだ子どもだった総士にとって、一心同体と言ってもおかしくない存在だった乙姫を絶対に守らなければならない運命ははあまりにも荷が重すぎた。総士は瀬戸内海ミールの因子を移植され、フェストゥムとの半同化状態(※3)であるため、その重荷に耐えられなくなった時、フェストゥムのやり方、すなわち一騎を同化していなくなろうとした。総士の行動の意味がわからない一騎は総士の左目を傷つけ、ショックのあまりその場から逃げ出してしまった。

総士「お前と島を守るために僕は生きている、そう思っていた」
乙姫「一騎に傷つけられるまでは、でしょ」
一期22話

乙姫「あなたが総士を総士にした、大事な傷、自分である証。
   総士はね、一騎に感謝してるんだよ」
一期15話

 一騎の総士を傷つけるという行為が結果的に総士と乙姫を分離させ、総士を一人の独立した人間にした。

 

・里奈と暉

隠れキャラ・西尾暉
CDCのオペーレーター、西尾里奈には双子の兄がいる。学校のシーンで気がつくと画面の隅にいる。ジャージを着た男の子で名前は暉(アキラ)。もともとの設定では、暉は口がきけず、里奈とだけは会話しなくても気持ちが通じ合えるということになっていたらしい。
『アニメージュ』2005年2月号(※4

 一期放送終了後に発売された『アニメージュ』の記事からの引用だが、一期から暉は名ありキャラとして画面に登場していたことがわかる。一期では暉が兄、里奈が弟という設定だったが、『HEAVEN AND EARTH』の時に設定が変更され、里奈が姉、暉が弟となった。設定が変更された結果、総士(兄)と乙姫(妹)と逆の関係になった。

 『HEAVEN AND EARTH』パンフレットには「両親が事故で死んで以来、暉は話せなくなった。だが、自分ではファフナーに乗れば喋れるようになると思っていた」と書かれていたので、暉の「話せない」という一期の設定は『HEAVEN AND EARTH』でも引き継がれた。

真矢「暉君、ご注文は?」
里奈「私と同じので」
真矢「ブラックでいいの? 大人だね」
里奈「ばーか」
『HEAVEN AND EARTH』

 これは『HEAVEN AND EARTH』での西尾姉弟の初登場のシーンだが、この時、暉が言葉を発することなく、メニューを指差して注文した。里奈の態度から以前は里奈と暉は同じものを頼んでいて、暉はそれに対して意義を唱えることはなかったことがわかる。しかし、この時、暉は初めて自分の意見を主張した。

里奈「近藤先輩、ホント弱いんだ」
 暉「わざと負けてくれたんだよ。
   僕たちが勇気持てるように」
里奈「あんた、しゃべれるんじゃん」
 暉「ファフナーに乗ればまたしゃべれるって思ってた。
   父さんと母さんが乗って消えたっていう機体、乗りたいなあ。
   ゼロファフナーに」
里奈「あんたなんて何乗ったって足手まといでしょ。
   あたしやるから、あんた降りなよ」
 暉「そういうわけにはいかないだろう」
里奈「あんたってさ、都合良すぎなんだよ、バカ!」
『HEAVEN AND EARTH』

 暉はファフナーに乗ったことで話すことができるようになり、自分の意見をはっきりと言うようになったが、その一方で里奈は暉が自分とは違う考えを持っていることをなかなか受け入れられない。暉にとっての言葉の獲得は自己を持ち始めたということを意味しているが、同時にそれは姉の里奈の支配下からの離脱をも意味していた。暉がファフナーに乗った時、最初に話した相手は姉の里奈ではなく真矢だった。

 暉「とおみ、せんぱい」
真矢「暉?」
 暉「聞こえ、ますか」
真矢「うん、聞こえるよ」
 暉「ああ」
里奈「うそ」
『HEAVEN AND EARTH』

 初めての実戦の後、暉が本音をぶつけた相手は真矢だった。

 暉「みんなどうしたんでしょう?」
真矢「初めての戦いで気がたっているだけ」
 暉「僕、四つも倒しました。
   敵が逃げなきゃもっとやれたのに」
真矢「そう」
 暉「次はもっとたくさん来るといいですね」
真矢「楽しんでるわけ」
『HEAVEN AND EARTH』

 この次の戦闘で暉はフェストゥムに捕まって同化されそうになったが、その時、暉を助けようとしたのは真矢である。(ただし、暉を助けたのは真矢ではなく甲洋である)おそらくこれがきっかけで暉は真矢を意識するようになり、真矢目当てで喫茶楽園のバイトを始めた。『EXODUS』で人類軍が助力を求めて竜宮島を訪れ、ファフナー部隊の島外派遣の話が出た時、暉は志願する。

 暉「派遣部隊はきっと実現する。
   美羽ちゃんを守るために遠見先輩も行く気だし」
里奈「遠見先輩と行きたいだけでしょ」
 暉「違う、俺は外の世界を知りたいんだ」
里奈「ばか、おばあちゃんもなんか言ってよ」
行美「双子の姉弟がずいぶんと違う考え方をするようになったねえ。
   人間は甘くない、時に敵より恐ろしい存在になる。
   それを知る覚悟はあるかい。
   もう子供じゃない、自分で決めな」
 暉「ありがとう」
里奈「あたしは絶対反対だからね」
『EXODUS』4話

 暉の真矢への恋心は里奈には見抜かれていた。里奈は相変わらず、長いこと自分の後をついてきていた暉が、いつの間にか自分とは別の考えを持つようになったことを受け入れられないが、祖母、行美は暉が変わったことに気がついていた。そして、行美は暉に自分の考えで行動するようにアドバイスする。里奈の最後の台詞を見ると、暉が里奈の支配下から抜け出すには里奈から物理的に離れるしかなかったことがわかる。

 

 島外派遣組が出発したのが2151年7月7日で、シュリーナガルの住民とともに帰還したのが2151年11月11日なので、暉と里奈は5ヶ月ほど離れていたことになる。少し長いが、暉が島に帰って来た後、海中展望台で里奈と話した場面の会話をすべて引用する。

里奈「うー、起きたばっかなのにもう眠い」
 暉「無理せず、起動の負荷は俺に回せよ」
里奈「あんたこそボロボロじゃん。
   島の外になんきゃ行かなきゃよかったのに」
 暉「広登は世界を見れてよかったって言った。
   平和を広める価値を知ったって。
   俺もそう思う。
   命を使う価値がある」
里奈「使う…なにそれ」
 暉「里奈」
里奈「ふざけるなっつーの。
   あんたは降りな。
   あたしが全部やるから」
 暉「島に爆弾を落とした人に会ったよ。
里奈「えっ」
 暉「いい人だった。
   俺たちを守っていなくなった。
   譲ってもらった命、捨てる気はない」
里奈「お腹すいた。
   作ってよ」
 暉「カレーでよければ」
『EXODUS』24話

 島にいた里奈は変わっていないが、島の外の世界を見たことで暉は里奈よりも大人になり、里奈の当て付けの言葉もすべて受け流している。島にいて変わることのなかった里奈は相変わらず「弟を守らなければ」という気持ちが強い。だが、その弟(暉)が変わってしまったため、里奈の弟を守りたいという気持ちは空回りしているように見える。ゼロファフナー搭乗時、暉は里奈を守るために一人で負荷を背負った。つまり里奈が気がつかないうちに、暉と立場が入れ替わっていた。残念がら、派遣部隊に参加した暉の肉体は限界に達していたため、同化しようとしたベイグラントのフィールドからアショーカを守るという役割を果たした後、同化されてしまった。そして、島の存在と無の地平線であるキールブロックで暉は里奈に別れを告げた。

 暉「父さん、母さんを探した頃を思い出す」
里奈「死んだ人を探してなんになるの。
   その人たちの分まで生きるしかないじゃん」
 暉「命の記憶が未来を作るんだ。
   父さんも母さんも俺も…ここにいる。
   お前の未来のために」
里奈「広登。
   暉、ねえ、どこ行くの?
   これ、あんたのでしょ」
 暉「俺が書けなかった願いをお前が書くんだ」
里奈「やだよ、そんなの…。
   ねえ、行かないで。
   置いてかないで。
   暉」
『EXODUS』25話

 暉はかつて里奈に「フェストゥムの無を見た。父さんと母さんが消えたのと同じ。二人はどこかにいると思ったけど、どこにもいなかった」(※5)と話したが、暉はファフナーに乗る前から存在と無の地平線を感じることのできる人だったのかもしれない。里奈は暉を自分と同一だと考えていたが、残念ながら里奈と暉とこの世界を全く別の視点から見ていた。今を見つめて生きていく里奈には遠くを見ることのできる暉を理解することはできず、暉との最後の会話もすれ違っていた。

 

・里奈と暉の恋

 里奈と暉はそれぞれ好きな人がいたが、二人とも片思いだった。二人の恋愛関係は以下のような構図だった。

 里奈 → 剣司 ⇔ 咲良
   → 真矢 → 一騎

 もしの話になるが、里奈に彼氏ができた時に里奈は暉と離れ、姉弟としては普通の距離感を保てるようになったのではないだろうか。残念がら、里奈が好きになったのは咲良という彼女のいる剣司だったので、最初から手の届かない相手だった。私は『EXODSU』14話で広登が人類軍によって殺され、暉が広登の意思を継ぐ姿を見て、世界に平和を広めるために最終的に暉が島を去ることになるのかもしれないと考えていた時期がある。結局、里奈は物理的に暉と別れなければ、暉から離れることができなかったので、その読みはあながち間違っていなかったのだと思う。

 

 一方、暉が好きだったのは真矢だった。真矢は一騎が好きだけれど、その思いは一騎に届かず。真矢は『EXODUS』の物語開始時、一騎を守るために行動していた。

カノン「丈瑠島で働くのもファフナーに乗ったのも
    一騎の居場所を守るためか」
『EXODUS』3話

 真矢「一騎君はお留守番」
『EXODUS』5話

 それは暉に対する里奈の態度とよく似ている。

 里奈「あんたは降りな。
    あたしが全部やるから」
『EXODUS』25話

 暉は皮肉なことに姉、里奈と同じタイプである真矢に恋をしていたということになる。人とフェストゥムから追われるという極限状況の中、暉はついに自分の真矢に気持ちを伝えた。

 暉「俺も先輩みたいにあいつらを撃ちます」
真矢「わたしが里奈ちゃんに怒られちゃうよ」
 暉「遠見先輩と一緒になりたいんです。
   俺じゃダメですか。
   俺、先輩のこと、ずっと…」
真矢「敵から人を守って。
   人と戦わないで」
『EXODUS』19話

真矢「言ったでしょ、戦えなくなるって」
 暉「先輩、俺、あんなこと言うつもりじゃ」
真矢「いいの、寝てなさい」
『EXODUS』20話

 残念ながら、暉の気持ちは真矢には届かなかった。この後、竜宮島との合流時に真矢がアルゴス小隊に捕らわれ、暉は助けようとするが、同化現象に襲われたため、敵を攻撃することさえできなかった。

 

 里奈と暉はファフナーに乗って戦っている時、フェストゥムに捕まり、助けようとしてくれた先輩(剣司と真矢)に恋をしたが、残念ながら、姉弟二人の恋が実ることはなかった。

 

・兄弟の依存と分離

 西尾家の双子は『HEAVEN AND EARTH』時に設定が「兄と妹」から「姉と弟」に変更されたことにより、「兄と妹」である皆城家と逆になった。

  • 皆城家、西尾家ともに男(総士と暉)の意志で女(乙姫と里奈)から分離した。
  • 皆城家、西尾家ともに精神的には兄姉(総士と里奈)が弟妹(乙姫と暉)に依存していた。
  • 皆城家は依存している側から離れようとして、最終的に完全に離れることができたが、西尾家は依存された側から離れようとしたため、完全に離れるためには物理的に離れる必要があった。

 

 皆城家は乙姫がコア型フェストゥムであり、乙姫がミールに生と死を教えた結果、単為生殖して転生する存在となった。総士は北極ミールに同化されたものの肉体を取り戻したが、心は人、体はフェストゥムという存在になった。最終的に乙姫と同じく総士も単為生殖して転生する存在となった。『EXODUS』で皆城家の兄妹はそれぞれパートナー(同性)を見つけて自立した。

 西尾家では里奈が剣司に片思いをしていたものの、咲良との結婚が決まった時に失恋。里奈は暉がいなくなった後、やっと自分に思いを寄せる彗に目を向け、その気持ちを受け入れた。その時、里奈はやっと弟から離れて自立した。

 

 ファフナーにおいて、この2家族以外に出てくる兄弟は遠見家(弓子と真矢)、鏑木家(早苗と彗)だ。そこで皆城家、西尾家、遠見家、鏑木家の子どもたちの誕生日を書き出してみた。鏑木早苗は誕生日が設定されていないが、一期のメンバーの一つ上ということで想定される日付を書いた。

 総士:2131年12月27日
 乙姫:2133年3月5日

 里奈:2132年4月20日
  暉:2132年4月20日

 弓子:2121年5月14日
 真矢:2131年11月11日

 早苗:2130年4月~2131年3月(誕生日は設定されていない)
  彗:2137年2月15日

 総士と乙姫の年齢差が1年2ヶ月強、里奈と暉は双子なので同い年。一方、弓子と真矢は10年、早苗と彗は7年。つまり兄弟の年齢が離れている遠見家と鏑木家は兄弟間で依存する関係にはならなかったが(※6)、年齢が近い皆城家と西尾家の兄弟は依存する関係になってしまったということになる。そして、成長した時、依存する関係だった兄弟に訪れる分離は痛みと喪失を伴うものとして描かれた。

 

P.S. 『HEAVEN AND EARTH』でカノン、暉、里奈は戦闘時に助けられた相手に恋をし、広登と芹は互いを意識し始めた。しかし、『HEAVEN AND EARTH』で生まれた片思いは『EXODUS』において一つも実らず、広登は人類軍に殺害され、芹は一人取り残された。剣司と咲良の結婚という慶事があったにもかかわらず、一期同様、『EXODUS』での恋愛も一方通行が多く、苦いものだった。

 

※1 『アニメージュ』2006年1月号の能戸隆インタビューより引用。

※2 『アニメージュ』2004年11月号の冲方丁インタビューより引用。

※3 一期DVD6巻リーフレットより引用。

※4 「蒼穹のファフナー Blu-Ray BOX」のブックレットに再録されているが、「『HEAVEN AND EARTH』制作にて弟に変更」と注記あり。

※5 『HEAVEN AND EARTH』の暉の台詞より引用。

※6 一期の弓子と真矢は中学校の教師と生徒という関係であり、姉妹というよりは島の親子の関係に近かった。一方、彗は7歳の時にL計画に参加した姉を失い、家庭は崩壊。姉を失ったことにより、彗は自立せざるを得なくなった。