【蒼穹のファフナー EXODUS】変容

 記事を書く時には必要に応じてアニメを見直すのですが、時には記事の内容とは直接関係のない考えが頭に浮かびます。そのときにメモした内容をまとめました。

 

・生きていた証

 『HEAVEN AND EARTH』以降、同化されていなくなった人は生きた証として遺品を残したが、一期では遺品を残すという概念はなかった。蔵前(1話、ワームスフィア)、翔子(6話、フェンリル)は何も残さずいなくなったが、衛(22話)はワームスフィアによってねじ切られたコックピット・ブロック(※1)が残り、道生(23話、フェンリル)は道生は弓子との間に子どもを残した(※2)。『RIGHT OF LEFT』でパイロットは全員、同化現象によりいなくなったが、僚の乗ったファフナーの残骸が島に流れ着いた。

 冲方丁が脚本を書く前にいなくなった蔵前と翔子はなにも残さず、冲方丁が単独で脚本を書いた一期16話以降にいなくなった衛と道生はなにかを残していなくなった。冲方丁は蔵前と翔子が何も残さずいなくなったことを気にしていたようで、ノベライズで補完している。

「よく、わからないけど……蔵前がいてくれたから、俺が乗れるってことだろう?」
冲方丁『蒼穹のファフナー ADOLESCENCE』二章4(※3

 一騎のこの台詞で蔵前の存在に意味と役割を与えた。一方、翔子はフェンリルを自爆させたので何も残らなかった、ということを肯定した上で、それでもなにか翔子にまつわるものが残っていてほしいという一騎の思いが描かれている。

 ふと、波打ち際に、流れ着いた何かの部品が一つ落ちているのを見て、立ち止まった。
 もしかすると、六番機(マークゼクス)の破片かかもしれない、などと虚しい考えが、胸をよぎる。
 あの真っ白な機体は、激戦の末、ひとかけらの部品も残さず、消滅したのだ。
 決して、残骸を探すなどということは、してはいけないのだ。
冲方丁『蒼穹のファフナー ADOLESCENCE』エピローグ(※4

 ノベライズの補完された結果、蔵前と翔子の死の扱い方を通して、脚本家の考え方の違いが浮き彫りになってしまった。

 

・深い海の底

 一騎は一期26話で総士を救うためにジークフリード・システムを覆うフェストゥムを同化した後、同化現象が再発した。その後は徐々に視力を失っていった(※5)。しかし、『HEAVEN AND EARTH』で来主操が一騎の目を治したため、一騎は視力を取り戻した。つまり一騎は総士がいない間、視力を失っていたことになるが、その時、一騎が見ていた世界は一騎のメディテーション訓練の海と重なる。

一騎「何もいない深い海の底。
   静かだ。
   真っ暗で何も見えない。
   誰も、いない。
   光も届かない場所で。
   なんでだろう、こんなに気持ちが落ち着くなんて」
ドラマCD『STAND BY ME』

 一騎が視力を失った状態というのは、暗い海の底にいるという一騎の内的ビジョンが現実化した状態ということになる。一騎のメディテーション訓練の海について、弓子が次のように分析していた。

「きっと、後天的なものね。最初は海の上にどこかにいたけど、そこからいっぺん落ちたのかもね、一騎くんは」
冲方丁『Preface of 蒼穹のファフナー HEAVEN AND EARTH』(※6

 弓子には話さなかったが、一騎自身、海の上から落ちた理由はわかっていた。

 総士の左目の光を奪ったのだ。
 しかも、そのことで誰にも責められなかった。総士自身が、一騎にそうされたことを誰にも言わなかったからだった。
 だから、きっと、せめて自分を罰するために、自分から暗い海に落ちたのだろう。
 そして、灯りのともる場所に戻ることを自ら禁じたのだ。
冲方丁『Preface of 蒼穹のファフナー HEAVEN AND EARTH』(※7

 しかし、一期~『HEAVEN AND EARTH』の間、メディテーション訓練の海で一騎には光に見えた甲洋(※8)は一期24話で紅音とともに戦うことを選んだ後、姿を消し、一騎にとって神様のような存在である総士(※9)は一騎にいつか帰ると約束してフェストゥムの側へ行ってしまった。総士と甲洋の二人を失った一騎は内的ビジョンを現実化させてしまったが、それは総士の左目を傷つけて逃げた時と同じ精神状態に陥っていることを意味している。しかも、総士の左目を傷つけた後、そばにいた甲洋さえもいない。そのため、いつか帰るという総士の言葉と総士とのクロッシングが一騎を生の世界に縛り付けていた。

 一騎を常に生の世界へと引っ張り上げている総士と甲洋がともにフェストゥムの世界へ行ってしまったので、一騎が島のミールの祝福を受け入れ、フェストゥムの世界へ行ってしまったのは必然だったのかもしれない。

 

・Dead Aggressor

 総士はファフナーに乗る前、一騎に左目を傷つけられたことで、視力を失った。しかし、左目の見えない状態が総士の人間としてのアイデンティティになっているため、総士は左目の見える自分を受け入れられず、ファフナーに乗ることができなかった。一方、『EXODUS』17話で美三香は総士と同じ左目に同化現象が現れ、視力を失った。しかし、美三香はファフナーに乗った後に左目の視力を失ったため、総士とは異なり、左目の視力を失った後もファフナーに乗ることができた。そのため、美三香はファフナーに乗って戦い続けたが、戦闘時に美三香の肉体は限界に達し、同化現象により肉体は砕け散った。

甲洋「まだ、そこにいるよ」
剣司「甲洋」
甲洋「あの子の心が残ってる」
零央「そんな。
   美三香……なのか」
『EXODUS』20話

 コックピットには美三香の心が残っていたが、それは一期でフェストゥムに肉体を同化された後、フェストゥムの側へ行った総士と同じ状態である。

同化されすぎた肉体は消滅、意識のみの状態でコアとして残り、一騎との再会を果たすため目覚めを待っていた。(※10

 美三香の肉体が同化現象により砕け散った後もクロッシングが生きていたので、剣司は美三香がいなくなったことに気がつかなかった。

零央「美三香」
剣司「なんで、クロッシングし続けてたのに……」
『EXODUS』20話

 一方、フェストゥムに同化されて肉体を失った総士はコアが残り、一騎とクロッシングし続けていた。

史彦「クロッシング?」
千鶴「はい。一騎君が日常的にクロッシング状態にあると判明しました」
史彦「一騎が、敵の側にいる皆城総士と2年もの間繋がり続けていたと」
『HEAVEN AND EARTH』

 『EXODUS』17話から20話までの美三香の状態は一期終了後から『HEAVEN AND EARTH』の総士と全く同じだったということになる。

 

 甲洋はファフナーのパイロットになる前に竜宮島を守るために戦った翔子を助けることができなかった。しかし、『EXODUS』20話、甲洋がマークゼクスの後継機であるアマテラスを助けることで、人間だったときの甲洋の心残りである翔子を助けられなかったという思いを成就させた。一騎もまた甲洋と同じく、イドゥンに連れ去られた総士を助けることができなかった。しかし、『EXODUS』24話、一騎は心だけ残った美三香の肉体を取り戻すことで、人間だったときの一騎の心残りである総士を助けられなかったという思いを成就させた。【蒼穹のファフナー EXODUS】残された人々の「真壁一騎」で書いたように、フェストゥムの側へ行った甲洋と一騎はフェストゥムの方法で人間だったときの人生をやり直した。

 フェストゥムの側に行った総士、甲洋、一騎は心残りがないように、『EXODUS』で人間だった時にかなえられなかった望みをかなえた。それはあたかも死を言い渡された人間が死ぬ前に身の回りを整理するのと同じようなものだった。ファフナーには一期から英語で “Dead Aggressor” (死の攻撃者、侵略者)という副題がついているが、人間がフェストゥムの側へ行くことは、人間の言葉で “死” を意味しているのだろう。

 

・Are you there?

 フェストゥムが人間に話しかけた最初の言葉は「”あなた” はそこにいますか?」だったが、それに対して答える(内容は問わない)とフェストゥムは自分とは別の存在がそこにいることを認識してしまう。しかも、フェストゥムは自分とは別の考えを持つ “あなた” という存在は不要であるため、質問に答えた人間を次々と同化していった。冲方丁は「一騎と総士の関係が、上手くフェストゥムと人類の関係になっています」(※11)と言っていたが、フェストゥムと人類がともに相手の存在を受け入れた後、相手に対する感情はフェストゥム、人類はともに「わたしが生きていくためにはあなたが必要」というものだった。しかし、一騎と総士の考えを言葉にすると正反対の表現になる。

総士:I want you to be here.
   (あなたにここにいてほしい)
一騎:I can not be here without you.
   (あなたなしではここにいられない)

 文章の構造的に肯定と否定がわかりやすいため、あえて英語で表現したが、総士の言葉はストレートな表現だが、一騎の言葉には not、without という否定語が二つ含まれている。総士と和解した後も一騎は心のどこかで自己否定し続けていることの現れなのかもしれない。ここでは「Are you there?」というフェストゥムの問いに対する答えということで、あえてbe動詞を使って表現したが、一騎の答えを正確に書くと「I can not exist here without you.(あなたなしではここで生きられない)」となる。

 

 一騎と総士がこの言葉にたどり着いた経緯をたどってみることにする。総士にとって竜宮島とは妹であるため、なんとしても竜宮島を守らなければならなかった。しかし、総士自身はファフナーに乗って戦えないので、代わりに戦ってくれる人が必要だった。

総士「マークザインの機能を大幅に制限することが決まった。
   今のままでは力が強すぎて他の機体を巻き込むおそれがあるからだ」
一騎「じゃあ俺一人で戦えば」
総士「どうシミュレーションしても
   島の全方位をお前一人でカバーすることは不可能だったんだ」
ドラマCD『NOW HERE』

 しかも、一騎一人で島を守ることも不可能であるため、一騎を選ぶということはできなかった。

総士「僕一人では、戦えない。
   パイロットがいて初めて戦えるんだ」

総士「僕には彼らがいた」
ドラマCD『NOW HERE』

 乙姫は総士の本心を知っていたため、総士に「一騎と真矢、両方危険になったらどちらを優先する?」(※11)という少し意地悪な質問をした。

総士「全員だ」
乙姫「えっ」
総士「さっきの質問の答えだ。
   どんな危機においても、ジークフリード・システム内の全パイロットを僕が守る」
一期19話

 島を守ることが自分に課せられた使命であり、自身は戦う力を持たない総士はだれか一人を選ぶことが許されなかった。総士の妹であり、竜宮島のコアである乙姫は命を持つことを選んだため、短い人生を終えたのち、島に還った。しかし、乙姫が竜宮島のミールに生命の循環を教えたため、コアは転生して存在し続けることになった。コアは転生したが、総士との関係は伯父と姪となり、血縁が一つ遠くなったことで、総士は妹=竜宮島を守らなければならないという責務から開放された。だが、総士自身もフェストゥムの側に行った結果、左目の視力を取り戻し、ファフナーに乗って戦えるようになったが、同時にフェストゥムに永遠に痛みを与える存在になってしまった。総士は新国連のダーウィン基地から戻ってきて一騎を見た瞬間、一騎が島の祝福を受けたことを知った。

総士「帰ってきたな、一騎」
一騎「お前が選んだ道を、俺も選ぶよ」
『EXODUS』25話

 織姫から寿命が尽きた後も島のコアである妹と同じ転生という形で、この世に存在し続けることになると告げられた総士の唯一の望みは「I want you to be here.(あなたにここにいてほしい)」だった。

 

 一方、一騎には総士のようなしがらみのないため、総士と和解した時に ”あなた” に対する気持ちは定まっていた。

総士「恐ろしくはないのか、お前一人で」
一騎「俺が戦ってる時、システムの中にはお前がいる。
   怖いと思う必要もない」

一騎「俺にはあいつがいた」
ドラマCD『NOW HERE』

 すなわち「I can not be here without you.(あなたなしではここにいられない)」である。それ故、一期と『EXODUS』で総士を失いそうになった時、一騎は自分もいなくなりたいと思ったが、その度に総士の言葉が一騎をこの世に引き止めた。

総士「そして、再び、自分の存在を作り出す。
   どれほど時間が掛かるかわからないが、必ず」
一期26話

総士「そして互いの祝福の彼方で会おう、何度でも」
『EXODUS』26話

 そして、総士は2回とも約束通り一騎のもとに帰ってきて、一騎をこの生の世界に引き止めている。

 


※1 『蒼穹のファフナー ビジュアルブック』(メディアワークス)に掲載されている設定資料には「コックピットのシートなどパーツやパイロットの一部と思われる物がカプセル外壁と同化した状態でとび出しています」という注記がある。

※2 『EXODUS』で道生の銃が出てきたが、後付であるためここでは扱わない。

※3 冲方丁『蒼穹のファフナー ADOLESCENCE』(2013年、ハヤカワ文庫)から引用。

※4 冲方丁『蒼穹のファフナー ADOLESCENCE』(2013年、ハヤカワ文庫)から引用。

※5 冲方丁『Preface of 蒼穹のファフナー HEAVEN AND EARTH』で鏡に写った自分の顔を見た一騎は「古ぼけた白黒写真みたいだ」と表現している。

※6 『NEWTYPE LIBRARY 冲方丁』(2010年、角川書店)に収録。

※7 『NEWTYPE LIBRARY 冲方丁』(2010年、角川書店)に収録。

※8 ドラマCD『STAND BY ME』で描かれたメディテーション訓練で、総士が全員のヴィジョンを統一はパイロットが仲間を探すという形で表現された。その時、一騎が最初に見つけたのが甲洋だった。一騎はそのときの様子を甲洋にこう言っている。「さっきまで真っ暗だったのに、光が見えて追いかけたらここに来たんだ」

※9 ドラマCD『NOW HERE』で以下にような会話がある。

総士「お前にとって僕は神様か」
一騎「似たようなもんかな」

※10 XEBECzweiにある「作品紹介/蒼穹のファフナー HEAVEN AND EARTH」の相関図・キャラクター紹介の総士より引用。

※11 『蒼穹のファフナー Blu-ray BOX』のブックレット「冲方丁×プロデューサー座談会」より引用。

※12 一期19話