この物語が「いなくなった人のことを忘れない物語」である以上、シリーズを通して「いなくなる人を見送り」、「覚えている」という役割を与えられた人々がいる。物語には必要な存在だが、それはなかなかつらく厳しい役割でもある。
・羽佐間容子
「名前で言うと、容子の“容”は“器”。容れ物なんですよ。親たちの狭間にいて、色んな物を入れられていくという」(※1)
一期1クール目での羽佐間容子は血の繋がらない親子ということで春日井夫妻と対になる存在だった。春日井夫妻と容子はフェストゥムとの戦いでともに子どもを失った。春日井夫妻は新国連のスパイということで退島処分となったが、容子はそのまま島に残り、自分に与えられた仕事を続けた。翔子がいなくなった後、容子の元にカノン(一期)と来主操(EXODUS)が来たことにより、その役割は変わった。容子の元に来た子どもを通して、鎖国状態だった竜宮島が外へ開かれていく過程を親の視点から描いていくという役割を担うことになった。
翔子がいなくなった後、容子の元に来たのは人類軍の兵士だったカノンだった。そして、カノンは彼女の前に容子の元にいた翔子からあるものを引き継ぐ。
容子「その格好で?
待って、あなたに似合いそうな服があるわ」
カノン「それは、翔子の服か」
容子「ええ、体が弱い子だったからあまり外に出ることもなくて新品なの。
あなたが着てくれると嬉しいわ」
一期18話
カノンは翔子の遺した服を引き継ぎ、『EXODUS』で容子とカノンを繋いだのも服だった。
「カノンの白いドレスは、容子がカノンのために買ってくれたのですが、なかなか着れずにいました。ずっとカノンの心に引っかかっていた服で、容子もそれを知っていました」(※2)
カノンは翔子の服を引き継いだ後、容子と繋がっていた服とともにいなくなった。カノンは島の外で生まれた人間でありながら、島のミールから島の住民と見なされ、島にその記憶が保管されることになった。
『EXODUS』17話でカノンがいなくなった後、容子の元にやってきたのはアルタイル・ミールのコアである来主操だった。
操「うわー、この器に乗っていいんだ」
容子「ええ、改良したばかりの機体よ」
操「強い記憶を感じる。
あの子の器だ」
容子「えっ?」
操「僕と君たちの未来を導いた子。
あなたがお母さんなんだ。
大切に使うね」
容子「ありがとう」
『EXODUS』24話
カノンは翔子の遺した服を引き継いだが、操はカノンが遺したドライツェンを引き継いだ。容子の元に来た子どもは前にいた子どもから必ず何かを引き継ぐ。今はもういないが、容子と一緒に過ごした人のことは決して忘れない、と言うかのように。
実は冒頭に引用した容子についてのコメント(※3)には続きがある。
「翔子にとっては、自分を閉じ込めた鳥カゴだったかもしれないけど、安住の地のないカノンにとっては逆に暖かな揺り篭だった」
翔子はファフナーに乗ることを止めようとする母、容子にこう言って振り切り、ファフナーに乗った。
翔子「私たち、生まれた時から戦うことが決まってたんでしょ。
自分の意志で戦いたいの。
それくらい許されるでしょ。
あなたの、子供じゃないんだから」
翔子「一騎君と約束したのよ。
あたし、約束を守りたい。
一期6話
一方、カノンは翔子とは対称的に容子には何も話さなかった。カノンは自身に発現したSDPについて相談した織姫にのみ、自らが選んだ道について話した。
カノン「この島はいなくなった者たちのことを決して忘れないんだな。
私も島のことを忘れない。
どんなに遠く離れても、ここに私がいたすべての記憶が残り続けてくれる。
遠い未来までずっと」
『EXODUS』17話
そして、カノンは誰に別れを告げることもなく、一人でいなくなった。
翔子とカノンは自分で考えて決断した後、容子(=親)の元を出て行ったと考えると、容子の家は成長して大人になったら出て行く巣箱といった感じである。
・真壁一騎
一騎はずっと「俺なんか、いなくなればいい」(※4)と思っていたが、実際にはいなくなる同級生を見送る側だった。一騎は『EXODUS』で自分の寿命と向き合ったものの、結果は「やるべきことをすべてやっていない、生きろ」と言われたも同然だった。『EXODUS』で総士は同化未遂事件で失った人生を取り返して人生を全うしたが、一騎も総士と同じことが求められたということである。一期ラストで祝福をして同化されたものの『HEAVEN AND EARTH』で帰ってきた総士同様に、一騎は『EXODUS』で自らの命を代償に世界を祝福して、島のミールとの調和を受け入れた。その結果、一騎は総士の左目を傷つけて失った総士との時間を、フェストゥムのやり方で取り戻したということになる。それは「もし総士を傷つけなかったら…」という「もし」が実現した世界であり、ある意味、一騎の望みの叶った状態になったということである。(※5)
だとすれば、一騎は翔子がいなくなった後、行き違いとなり、フェストゥムになってしまった甲洋との関係もやり直せるということなのだろうか。
竜宮島にフェストゥムが現れて戦いに巻き込まれる前、一騎と甲洋は仲の良い友達だった。
甲洋の両親は島で唯一の洋風喫茶・兼・洋食屋を経営している。
一騎はその店の常連だった。子供の頃、ちょくちょく料理下手の父につれられていったのである。そうして親しくなったのが甲洋だ。(※6)
甲洋もファフナーのパイロットに選出され搭乗訓練が始まると、一騎は戦いに恐怖を感じる甲洋に声を掛けている。
甲洋「怖いな。
これからどんな危ない目にあうのか。
考えるだけで怖い」
一騎「あ、俺がいてやるよ」
甲洋「一騎」
一騎「なにもできないかもしれないけど。
せめて危ない時には隣にいてやる」
甲洋「お前がそんなこと言うなんて、珍しいな」
一騎「そう、かな」
甲洋「よろしく頼む。
お前がそばにいてくれれば心強いよ」
ドラマCD『STAND BY ME』
しかし、一騎が翔子を助けられなかったことにより、二人の関係は変わってしまった。(※7)甲洋は仲のいい友だちだった一騎に対してそれまでとは正反対の感情を抱くようになってしまった。
甲洋「一騎、翔子の墓を元通りにしたくらいでお前は、
お前の償いは済んだとでも思っているのか、一騎」
一期7話
甲洋はアーカディアン・プロジェクトの島を探索に行った時、一騎と総士にはできなかった「人を助ける」ことはできたものの、フェストゥムに中枢神経を同化されてしまった。甲洋は救出され島に帰ったが、同化抑制剤の入ったカプセルで眠り、パイロットのためにデータが採集されていた。(※8)アルヴィス上層部は甲洋を迎えにコアギュラ型のフェストゥムが来たため甲洋の全細胞の凍結を決めたが、乙姫が甲洋を外に出した。フェストゥムに同化された甲洋には時間が生まれ、その時、彼が認識したのは「翔子はもういない」(※9)ということだった。甲洋はスレイブ型のフェストゥムになり、人としての姿を失い、コアだけの存在になった。しかし、カノンが引き寄せた未来により、甲洋は再び人としての姿を取り戻した。
「記憶は残っていますし、感情も取り戻しつつありますので、今後人間らしさが出てくると思いますが、その前に(『EXODUS』が)終わっちゃいました」((※10)
つまり一騎は総士との関係だけでなく、翔子がいなくなった後にこじれてしまった甲洋との関係もやり直すことができるということだろう。一騎はフェストゥムの側へ行った総士と甲洋との関係をやり直す機会を与えられたということになる。それでは『EXODUS』21話で一騎といい雰囲気になったにもかかわらず、新国連の捕虜となったためにすぐに竜宮島に戻ることができなかった真矢との関係は最終的にどうなったのだろう。真矢が竜宮島に帰ってきた後、最後に一騎と一緒にいた場面は『EXODUS』25話、アルヴィスの会議室における第四次蒼穹作戦の最終確認の場面である。
その第四次蒼穹作戦で一騎と真矢は別の場所で異なる敵(一騎はミツヒロのマークレゾン、真矢は人類軍)と戦っていた。それでは第四次蒼穹作戦終了後、一騎と真矢のいた場所を確認してみよう。
一騎が海神島に戻ってニヒトのコックピットを開け、(転生した)総士を見つけた時、一騎と一緒にいるのは甲洋と操で、真矢は別の場所にいた。
『EXODUS』26話のラストで描かれた海神島の2年後の場面では一騎と(転生した)総士が一緒にいたが、そこに真矢の姿はなかった。
『EXODUS』は一騎が総士を傷つけたために失った子供時代をこれからやり直すというところで終わった。
「ヒロインの真矢は、わりと距離を取って2人を同時に見ている存在にしました」(※11)
『EXODUS』が終わった時、真矢はフェストゥムの世界へ行ってしまった一騎、総士、甲洋とは異なり、あくまで人という存在に留まったにも関わらず、一騎との関係がリセットされ、まさに一期のこの言葉通りの状態に戻ってしまった。
物語の構造を見ると『EXODUS』であえて一騎と甲洋が直接話す場面を描かなかったのだと思う。この二人が直接話しをするのは、甲洋が人だった頃の感情を取り戻した後、つまり『EXODUS』終了後ということになるのだろう。
※1 『蒼穹のファフナー BGM&ドラマアルバム II』に掲載されている冲方丁インタビューより引用。
※3 『蒼穹のファフナー BGM&ドラマアルバム II』に掲載されている冲方丁インタビューより引用。
※5 詳細は蒼穹のファフナー EXODUS 第26話-15「一騎と総士-生と死と…」を参照。
※6 『蒼穹のファフナー ADOLESCENCE』(ハヤカワ文庫JA)より引用。
※7 シリウス版のコミックスではノベライズ版の設定を元に一騎と甲洋、そして翔子の関係がアニメ以上に掘り下げられている。この状態で翔子の死から一騎と甲洋の関係が瓦解していく様を描くと、アニメ以上に二人の関係は厳しいものになると思われる。
※10 『オトメディア』2016年2月号掲載の能戸隆総監督のコメントから引用。
※11 『アニメージュ』2004年8月号の冲方丁のインタビューより引用。
P.S. フランク・ハーバート『デューン 砂の惑星』(ハヤカワ文庫SF)で主人公があらゆる可能性の未来を見る場面を読んだ時、カノンのSDPを思い出した。アメリカでこの作品が出版されたのは1965年なので、カノンのSDPはSFでは昔からある未来視の描写なのかもしれない。