蒼穹のファフナー EXODUS」カテゴリーアーカイブ

「宇宙戦艦ヤマト」と「蒼穹のファフナー」

 『宇宙戦艦ヤマト』の原型となった物語に『西遊記』があると聞いたことがあったので、船山徹『仏典はどう漢訳されたのか スートラが経典になるとき』(岩波書店)を読んだ時、「『EXODUS』の土台の一つに『宇宙戦艦ヤマト』があるのでは?」を思いました。先日『宇宙戦艦ヤマト 劇場版』を見ることができたので、以下に『ファフナー』と共通している内容を列記しました。

 
  宇宙戦艦ヤマト 目的地に行く時、敵と戦った。
  「EXODUS」 目的地から帰る時、敵と戦った。
 
  宇宙戦艦ヤマト 地球の外から使者がやってきた。
使者は亡くなっていた。
  「EXODUS」1話 竜宮島の外から使者がやってきた。
使者は亡くなっていない。
 
  宇宙戦艦ヤマト スターシャはサーシャが生きていると思ったが、サーシャは亡くなっていた。
  「EXODUS」25話 一騎は暉が生きていると思っていたが、暉はいなくなっていた。
 
  宇宙戦艦ヤマト 古代進は古代守が死んでいると思っていたが、古代守は生きていた。
  「THE BEYOND」4話 アルヴィスはこそうしが同化されたと思っていたが、こそうしは生きていた。
 
  宇宙戦艦ヤマト 沖田は地球を見た後、亡くなった。
  「EXODUS」15話 オルガは竜宮島を見た後、亡くなった。

 

 このリストの最初の項目は本を読んだ時に気がついたのですが、『宇宙戦艦ヤマト』本編を見たら他にも重なるシーンがあったので驚きました。

 『THE BEYOND』では『機動戦士ガンダム』(1979年)と『さよなら銀河鉄道999 アンドロメダ終着駅』(1981年)を思い出すシーンがあったので、『ファフナー』はアニメーションの原点回帰をして終わったという印象を持っています。

 

【物語の読み方】二つの物語

 たとえ同じ時間と空間に身を置いても、誰の視点で描くかによって、まったく別のものになる。
黒田龍之介『ロシア語だけの青春』(ちくま文庫)

 

 『EXODUS』は三人称(2151年の出来事)はと一人称(総士が語る物語)という二つの人称で描かれた物語でした。総士は自らの物語を人間の言語(言葉)で語ったので、視聴者は総士が『EXODUS』の中に残した総士の声を聞くことで、その内容を知ることができました。

 『THE BEYOND』も『EXODUS』と同じように三人称(2153年と2156年の出来事)と一人称(一騎が語る物語)という二つの人称で描かれた物語でした。一騎は自らの物語をフェストゥムの言語(行動)で語ったので、フェストゥムの言語(行動)を読めない視聴者はその内容を知ることはできません。しかし、視聴者がフェストゥムの言語(行動)を読めるようになった時、一騎が『THE BEYOND』の中に書き残した一人称の物語の内容を知ることができます。そして、その物語を最後まで読み終えた時、『蒼穹のファフナー』という物語が終わります。

 

 私にとって『蒼穹のファフナー』はまったく物語の終わりが見えない物語でした。しかし、物語の構造を見た瞬間、物語の終わりを知ることができました。

 

【蒼穹のファフナー THE BEYOND】実体化

 『蒼穹のファフナー』の主人公である一騎が竜宮島ミールの祝福を受けた『EXODUS』24話以降、物語はフェストゥムの言語を使って描かれています。

 

●フェストゥムの言語

 フェストゥムの言語とは何でしょう。

総士「これが、フェストゥム」
公蔵「いいや、こんなものではない」
一期1話

 竜宮島に初めてフェストゥムが来た時、人間はフェストゥムの姿を見ることができませんでした。しかし、実体化というというフェストゥムの行動によって、人間はフェストゥムの姿を見ることができるようになりました。つまり、フェストゥムの言語は「行動」ということになります。

 

●実体化

弓子「フェストゥム、実体化します」
一期1話

 竜宮島に初めて来たフェストゥムが行ったことは、目に見えないものを実体化することによって、目に見えるようにすることでした。一方、フェストゥムの言語(行動)で描かれた物語である『THE BEYOND』で行ったことは、目に見えないものを実体化することによって、目に見えるようにすることでした。それでは『THE BEYOND』で実体化した目に見えないものとは何だったのでしょう。

 

●真実

一騎「これが真実だ」
『THE BEYOND』3話

 それは「真実」でした。しかし、私はフェストゥムの言語(行動)を知らないため、実体化した「真実」を読み取ることはできません。

総士「僕も何度も報告書を書こうとしたがダメだった」
『EXODUS』14話

 

●翻訳

 私はフェストゥムの言語である「行動」を抽象、人間の言語である「言葉」を具象だと考え、論理的思考の抽象と具象を行き来するという手法を使って、フェストゥムの言語(行動)を人間の言語(言葉)に置き換えていきました。これを続けていくと、フェストゥムの言語(行動)を使って書かれた物語を私が理解できる人間の言語(言葉)を使って表現する、つまりフェストゥムの言語(行動)を人間の言語(言葉)に翻訳できるようになりました。

 外国語を日本語に翻訳する場合、意味を理解した言葉のみ、日本語に翻訳することができます。外国語と同じようにフェストゥムの言語(行動)も、自分が理解したフェストゥムの言語(行動)のみ、人間の言語(言葉)に翻訳することができます。つまり、私はフェストゥムの言語(行動)を人間の言語(言葉)に翻訳するという行為を通して、フェストゥムの考えを理解していったのです。そして、フェストゥムの言語(行動)を使って描かれた物語をずべて人間の言語(言葉)に翻訳し、実体化した真実を見た瞬間、『蒼穹のファフナー』という物語が終わりました。