『蒼穹のファフナー EXODUS』の公式サイトに「その力を他者のために使いたいという救済意識が前面に出てくる」(※1)という一文があり、戸惑った人は多いと思う。しかし、物語をよく見ていくと実は一期でも一騎が演じた役割は救済者だった。
…第7レベル
第21レベル
この数字の差が
総士の あの暗く
深い海を作ったんだろうか…
いつか
そこへ
到達すれば
今よりもっと
総士と自然に
話すことが
できるのだろうか…
シリウス版「蒼穹のファフナー」2巻 58ページ
私は長年、総士と同じものを見れば総士を理解できるのではないかと考えて、島を出た一騎の行動が理解できなかった。これは小説にもある文章だけど、コミックでここに至るまでの一騎の置かれていた状況と心理を丁寧に描写した結果、やっとこの言葉の真意を理解することができて、一騎が島を出る理由がわかった。
『EXODUS』の放映が始まって、一騎がこの作品の中で与えられた役割を考えているうちに、苦しんでいる人と同じ経験をしてその人の苦しみを理解し、苦しんでいる人を救済するという行動をしたキャラクターがいたことを思い出した。それはワーグナーのオペラ『パルジファル』の主人公、パルジファルだ。一騎をパルジファル、総士をアンフォルタスになぞらえたら、一騎の行動が理解しやすくなった。
騎士に憧れて世界を放浪していたパルジファルはある時、聖杯王アンフォルタスを救うと予言された愚者かもしれないということで城に招かれ、聖餐の儀式を見る。パルジファルは聖餐の儀式を行うアンフォルタスの苦しみを感じたものの、その意味を理解することはできず、城から追い出された。その後、パルジファルはクリングゾルの魔法の城に辿り着き、そこでアンフォルタスと同じ体験、すなわちクンドリーから誘惑されキスを与えられるが、その時、パルジファルはアンフォルタスの苦しみを理解する。パルジファルはアンフォルタスが失い、彼に決して癒えぬ傷を与えた聖槍を持ち帰り、パルジファルはこう言いながらアンフォルタスの傷を癒やす。
パルジファル:人と一緒になって苦しむ至高の能力と、
人を純粋に理解する力とを
この臆病な愚か者に与えたのですから!(※2)
この部分は一期16話での一騎の台詞「お前が、苦しんでたことが…」を思い出す。思えば同化未遂事件は総士が一騎に助けを求めた行動であった。ただし、そのやり方がフェストゥムのもので、明らかに間違っていたが。その時、一騎は総士が助けを求めていることに気がつかず、総士を拒否した。それから5年後、一騎が総士を知るために島を出た時、同時に総士の左目に傷を負わせた事件の真相も知った。まさに一騎は総士と同じ体験をして、苦しみを分かち合った。その結果、一騎は5年前、総士が同化を求めた時の本当の意味を理解し、島に帰って来た時、5年前には意味もわからず傷つけてしまった総士を完全に救ったのだと思う。ただし、総士から見れば一騎の行動は正しく、左目の傷は人である証であるため、一騎が与えた救いは精神的なものである。
自ら傷を負わせた人を救済するという一騎の行動は『EXODUS』でも継承されている。『EXODUS』で傷を負わせた救済するのは真壁因子を投与された人類軍のファフナーのパイロットである。一期の総士、『EXODUS』のパイロットに共通するのは傷つけた本人のみが傷ついた相手を癒すことができるということ。パルジファルのこの歌詞を思い出す。
パルジファル:傷をふさぐのは、
傷を作ったこの槍だけなのです(※3)
そういえば、一騎がザインのコアを単独再生させた時、アンカーユニットとホーミングレーザー、つまり敵を攻撃するための武装が失われ、その代わりに同化の肩代わり、つまり他人を救う力を得た。再生されたザインの形には一騎の望みが反映されているのだと思う。つまり、一騎に与えられた役割は最初から「救済する者」だったのである。
以下、おまけ。
ネットで「ザルヴァートルはドイツ語で救世主の意味」という説明文を見かけたけど、Salvatorは英語のsalvationからの作られた造語で、saをドイツ語風にザと発音。そのため、ドイツ語ではありません。ちなみにsalvationに相当するドイツ語の単語はHeilで、救世主はHeilandになります。
※1 公式サイトのSPECIAL/CHARACTORの真壁一騎の項を参照。
※2 オペラ対訳プロジェクト「パルジファル」第3幕から引用。
https://www31.atwiki.jp/oper/pages/170.html
「訳者より」で説明しているようにこの部分は意訳なのですが、
理解しやすいのであえてこの訳を引用しました。
個人的にはこの前にある「あなた(アンフォルタス)の苦しみに祝福を」
(Gesegnet sei dein Leiden)という一文が興味深い。
※3 オペラ対訳プロジェクト「パルジファル」第3幕から引用。
https://www31.atwiki.jp/oper/pages/170.html