【蒼穹のファフナー】真壁一騎という人間

総士「ぼくはこの島のコアを守るために生きてるんだって、父さんに言われた。
   自分や他の誰かのために生きてちゃいけないんだって」

総士「ぼくは初めからどこにもいないんだ。
   だったら、お前と一つになれる場所に帰りたい、一騎」
一期15話

 総士は一騎といなくなることを望み、一騎はそれを拒否し、総士の左目に傷を負わせた。総士は左目に傷が残り、視力を失うという物理的な傷を負った。一方、一騎は心に傷を負った。

真壁一騎
「自分は大事な相手を傷つけても平気な人間」と思いこみ(後略)
冲方丁『冲方式ストーリー創作塾』(2005年、宝島社)(※1

 一騎は総士の左目を傷つけた後、一騎は「大事な相手を傷つけても平気な人間」だと思いこんだが、そのことは一騎にどのような影響を与えたのだろう。

 

・一騎の本質

一騎の声「どうしたんですか」
  僚と老犬、同時に顔を上げると――そこに、一騎が立っている。

  一騎に肩を借りて歩む僚(もしくはおぶってもらってる)、その横を歩む老犬。
僚「案外、世話好きなんだな」
一騎「辛そうな顔、してたから」
『RIGHT OF LEFT』(※2

真矢「あたしたちが学校に行った後、
   翔子、誰にも内緒で一人で家を出たの。
   学校での最初の一日をみんなと過ごしたくって。
   一人ぼっちで寝てることに耐えられなくって。
   でも、やっぱり途中で具合が悪くなって歩けなくなった時、
   一騎君が来てくれたって」
   (中略)
一騎「俺、翔子が体弱いの知ってたし、何も考えてなかったんだけど。
   翔子のことおぶって学校まで行ったんだ」
ドラマCD『NO WHERE』

 一騎が総士と疎遠になっている時期のエピソードだが、おそらく一騎の素の性格が一番出ていると思われる場面である。この2つエピソードから一騎は困っている人を見かけたら、誰であろうと手を迷わず差し伸べるタイプの人間であることがわかる。しかし。フェストゥムが竜宮島に攻撃し、島が戦闘状態に突入すると一騎のこの性格が仇になった。

総士「いいか一騎、絶対に手を出すな。
   これは救出作戦ではない」
一騎「えっ」

総士「一騎、一騎よせ」
一騎「俺は、助ける」
一期4話

 一騎は総士の命令を無視して、フェストゥムの攻撃を受けた人類軍の戦闘機を助けてしまった。目覚めた島のコア(乙姫)の助力を得て、なんとかフェストゥムを倒したが、戦闘終了後、一騎は命令を無視したことを史彦から咎められた。

史彦「なぜ命令を無視して新国連機を助けた」
総士「すべて、僕の責任です」
一騎「助けることは、悪いことなのか」
史彦「時と場合によってはな」
一期4話

 この時、史彦が一騎の行動を頭ごなしに否定しなかったこともあり、一騎は困っている人に手を差し伸べることをやめなかった。『EXODUS』で竜宮島のファフナーのパイロットが集まっていた喫茶楽園に人類軍のパイロットが入ってき時、人類軍のパイロットはとても歓迎されているとはいえない雰囲気だった。

ミツヒロ「パイロットはこちらだと聞いて。
     邪魔だったかな」
『EXODUS』5話

 この時、一騎はすぐにミツヒロに手を差し伸べた。

 それ故、総士の左目を傷つけた時に逃げてしまった(※3)ことを一番許せなかったのは一騎自身だったのではないだろうか。

 

・一騎と女性

 一騎は主人公なだけあって、翔子、真矢、カノンの3人が一騎に想いを寄せ、『HEAVEN AND EARTH』時の喫茶楽園のメニューには一騎の名前がつけられ、店内のお客さんは女性ばかりだった。

 その上、一騎は女性のあしらいがうまかった。

カノン「頼んでもダメなら、力尽くで止める」
 一騎「お前の手、あったかいな」
カノン「えっ?」
 一騎「邪魔してごめんな、カノン」
『EXODUS』2話

 『EXODUS』での一騎とカノンとやりとりを見ると、一騎がカノンの気持ちをわかった上でからかっているように見えるのですが、一騎いわく「普通に親しくしているつもり」(※4)とのことだが、女たらしに見えてしまう。これで一騎が広登のように明るくとっつきやすい性格だったら、一騎は常に女性に囲まれていただろう。しかし、現実では一騎が気になる女性は遠くから眺めることしかできない(※5)。

 

 その一方、一騎は自分に一番近い女性である真矢には戦うことなく、平和な竜宮島にずっと居続けることを望んだ。

一騎「遠見は俺のこと覚えていてくれる」
真矢「たとえどんなに変わっても、一騎君のこと覚えてるよ」
一期10話

真矢「北極に敵がいるって本当かなあ」
一騎「行って、確かめてくる」
真矢「このまま島にいることだってできるんだよ」
一騎「遠見はそうしてくれないか」
一期24話

一騎「遠見は十分戦った。
   みんなと島に帰ってほしい。
   美羽ちゃんは俺たちが」
『EXODUS』10話

 一騎と真矢の関係が一歩進めるには、一騎が「真矢がファフナーに乗って戦う」ということを受け入れる必要があった。そう「お願い、死なないで」と言って自らの手で道生に薬を打った弓子(※6)やジークフリード・システム内蔵のファフナーに乗って再び戦場に出る剣司を受け入れた咲良(※7)と同じように。しかし、一騎に一番近かったのはL計画に参加することを表明した祐未に対して「……参加、取り消せよ、祐未。お前には無理だ」と言った僚(※8)なのかもしれない。一騎は最終的に一騎は真矢が戦うことを受け入れたが、それは一騎が人としての寿命が尽きるたった3ヶ月ほど前のことだった(※9)。

一騎「遠見の居場所はここじゃない」
真矢「えっ」
一騎「島に帰ろう、一緒に。
   生きて戻ろう」
『EXODUS』19話

 だが、一騎が真矢と一緒に戦うことはなかった。そして、それは一騎の人としての最後に戦闘になったハバロフスクで一騎と一緒に戦っていたのは真矢ではなく総士だった。

 

 総士「君が一騎の分まで戦う必要はないんだ」
『EXODUS』2話

カノン「剛瑠島で働くのもファフナーに乗ったのも、
    一騎の居場所を守るためか」
『EXODUS』3話

 『EXODUS』で一騎がマークザインに乗ることは死を意味していたため、真矢は物語開始時から一騎の代わりに戦っていた。

真矢「なんか情けなくなっちゃって。
   もう犠牲は嫌だとか。
   一騎君の代わりになれるとか思ったり。
   そんな力、ないのにね」
『EXODUS』10話

 こう言ったものの、真矢は最後まで一騎が戦うことを受け入れられなかったが故に、一騎の隣に立って戦うことができなかったのかもしれない。

 

・終わりに

 一騎は総士の左目を傷つけた事件の真実を知り、総士と和解した後、一騎の生来の性格が表に出るようになったが、それでも一騎が左目を傷つけた時に負った心の傷は一騎に影響を与え続けた。『EXODUS』5話、喫茶楽園の中に入ることを躊躇していた人類軍のパイロットに声をかけたのは広登だった。つまり、本来、一騎がやるべき役割を広登が担ったということになる。総士の左目を傷つけるという事件が起きなければ、一騎は広登のように明るく、誰にでも声を掛けるような人間になったのではないだろうか。もしかしたら、広登は総士の左目を傷つけなかった場合の一騎だったのかもしれない。(竜宮島の外の世界では広登の人間を信じるという考えは通じないことを表すかのように、広登は人類軍によって殺された)

 一騎に総士の左目を傷つけるという事件が起きなければ、明るく、困った人には手を差し伸べ、女子ウケもいい上にあしらいもうまいという性格だったと思われる。これは主人公の性格でよく見かけるタイプの人間である。事実、一期放送時、私は一騎に対して強い個性を感じず、頭に浮かんだ言葉は「無色透明」だった。一騎は典型的な主人公の性格でありながら、女性に対しては積極的ではなかった。作中では翔子、真矢、カノンという3人の女性が一騎に想いを寄せたが、一番親しかった真矢にさえ一騎は恋愛感情を抱くことはなかった。もっとも、一騎は総士の左目を傷つけたことが女性に対して消極的になった可能性は否定できないが、一期では総士との関係、『EXODUS』では余命を宣告され、自分の人生と向き合うことで精一杯で、女性にまで気が回らなかったと考えることもできる。

 だが、主人公が担うべき役割のうち、女性に関する部分は剣司に割り振られたと考えるのが妥当だろう。剣司はパイロット候補生の一人で女好きというキャラクターとして登場した。剣司は想いを寄せていた咲良と両思いになった直後、咲良は昏睡、親友と母の死という主人公並の悲劇に襲われたが、後に咲良は意識を取り戻し、二人は結婚した。(『THE BEYOND』のPVでは子供が生まれ、親になっていたことが明らかにされている)つまり、総士の左目を傷つけたこととは関係なく、最初から一騎には女性から好意を向けられるが、一騎自身は女性に対して消極的という性格を与えられていたということになる。一騎は人としての命が尽きる寸前、竜宮島のミールから2つの選択肢を与えられた。即ち、人として死ぬか、島の祝福を受けて生き続けるのか。一騎は総士の左目を傷つけてからずっといなくなりたいと思っていたが、自分の人生の残り時間を知った時、初めて生きたいと思っていた。そのため、一騎は島の祝福を受けて生きることを選んだ。それは一騎が異性に対する恋愛感情(人の世界に生きる真矢)よりも同性の友情(フェストゥムの世界に行った総士と甲洋)を選ぶ人間だったことを示していた。

 

※1 この本は『冲方丁のライトノベルの書き方講座』(2008年、宝島社文庫)と『新装版 冲方丁のライトノベルの書き方講座』(2011年、このライトノベルがすごい!文庫)に改題されています。

※2 冲方丁『蒼穹のファフナー ADOLESCENCE』(ハヤカワ文庫JA)に収録されている『蒼穹のファフナー RIGHT OF LEFT』から引用。

※3 一期15話で一騎は「怖かったんだ、お前を傷つけた自分が怖かったんだよ。だから逃げたんだ」と告白している。

※4 『NEWTYPE LIBRARY 冲方丁』(角川書店、2010年)に収録されている『Preface of 蒼穹のファフナー HEAVEN AND EARTH』から引用。

※5 『オトメディア』2016年2月号で「一騎のバレンタイン」というお題に能戸総監督が以下のように答えていた。

一騎はエースパイロットですから、女子人気はすごいと思うので、朝からチョコレートは自宅の玄関前とか、”楽園” の入口前に置かれている。手渡しはさすがに無理だと思っている女子から、お供えのように置かれてゆくチョコ。

※6 一期23話。

※7 『EXODUS』19話。

※8 冲方丁『蒼穹のファフナー ADOLESCENCE』(ハヤカワ文庫JA)に収録されている『蒼穹のファフナー RIGHT OF LEFT』より引用。
    僚が最終的にたどり着いた気持ちは「好きだ。いや、好きだった。ずっと前から、多分……」だった。

※9 カノンがいなくなった日が8月15日で、この場面はそれからあまり日にちが経っていないだと思われる。一騎がアビエイターと戦った後、昏睡状態に陥ったのは11月11日。

 


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