蒼穹のファフナー EXODUS 第26話-28「弓子-罪と償い-」

 物語開始前、総士が一騎を同化しようとするという罪を犯したが、一騎も総士の左目の視力を奪うという形で罪を犯した。さらに一騎は一期で島の戦力を許可なく島の外に持ち出し、狩谷の手引により新国連に引き渡してしまった。一期、『HEAVEN AND EARTH』、『EXODUS』を通して総士と一騎の罪の償いを描いたが、一期と『HEAVEN AND EARTH』で家族を守るために二度、罪を犯した弓子は、その罪をどのような形で償ったのだろうか。

 

弓子「あたしがデータを改ざんしました」
一期18話

 一期で弓子は真矢のパイロット適性データ改竄という罪を犯した。この事実が明らかになった後、査問委員会が開催されたが、そこでは弓子だけでなく、総士、衛、咲良、剣司、一騎、溝口もデータ改竄を行ったと証言した。もっとも弓子以外は実際にデータ改竄を行っていないが、その証言内容は真矢に対する各々の正直な感情をさらけ出していた。さらに島のコアである乙姫もデータ改竄を行ったと証言した。

乙姫「あたしもデータを変えました。
   真矢は、まだ早いと思ったから」
一期18話

 他の容疑者同様、この言葉も乙姫の本音だった。翔子よりもパイロット適正値の高い真矢が先にファフナーに乗っていたら、早い時期にいなくなっていただろう。

 査問委員会が開催される前、乙姫はアルヴィス上層部しか知らない情報を総士に教え、千鶴、弓子、真矢の三人を救うためのヒントを与えた。

乙姫「もし本当はファフナーに乗れるのに
   その人を庇うために嘘をついている人がいたら、総士はどうする」
総士「データ隠蔽は、重大な裏切りだ。
   しかし、罪に問うかどうかは場合による」
乙姫「うふふふ、そう言うと思った。
   いいわ、特別に教えてあげる」
一期18話

 島のコアである乙姫は立場上、おそらく弓子が真矢のデータ改竄を知っていた。しかし、査問委員会での発言を乙姫の証言を見ると、真矢を温存することについては乙姫も同意していたため、弓子のデータ改竄を黙認していたということなのだろう。

 結局、査問委員会は茶番と化し、弓子は自ら犯した罪について問われなかった。

総士「知っての通り、容疑者はなし。
   ただし遠見家全員、監視プログラム付きでなければ、どんなデータも扱えなくなった。
   とはいえ、勤務記録をつけるのと大して変わらない程度の監視だがな」
ドラマCD『NOW HERE』

 実際のところ、弓子の罪を償ったのは真矢だった。

真矢「あたしが戦うから、お母さんもお姉ちゃんも誰にも攻められずにいるんだよ」
一騎「そんなことは。
   遠見は家族のためにファフナーに乗るっていうのか」
真矢「そうだよ」
ドラマCD『NOW HERE』

 

 一期で弓子が守るべき相手だった真矢は、ファフナー・パイロットになったと同時に弓子の元から巣立ってしまった。『HEAVEN AND EARTH』で弓子が守るべき相手は娘の美羽に変わっていた。

弓子「美羽をどこへ連れていく気ですか?
   私から美羽を奪わないで」
『HEAVEN AND EARTH』

 弓子はこの直後、道生の銃で史彦を撃った。弓子は自分が属する組織(アルヴィス)の利益より家族への思いを優先する人間だが、今度は自分が属する組織の司令に銃を向け、あまつさえ発砲してしまった。思えば史彦は一期で一騎が島を出た後、一人でいる時に本音を漏らしたことがある。

史彦「うちのバカ息子は今頃人類軍の捕虜にでもされているんだろう。
   ファフナーで戦うよりその方がいいと思う俺は、司令官失格なのかもしれんな」
一期12話

 史彦にも弓子の気持ちにどこか共感する部分があったのだろう。そのせいか、一期同様、弓子の罪は問われなかった。

史彦「君の行いは、母親として当然だ」
弓子「あの子はそう言ってはくれません」
史彦「だが守ろうとする心は伝わっている」
『HEAVEN AND EARTH』

 弓子が史彦を撃った件はこれで終わっているが、弓子は史彦に対して謝罪の言葉さえ口にしていないのが引っかかった。

 

 『HEAVEN AND EARTH』の時に美羽の考えについていけない弓子の姿が描かれていたが、『EXODUS』は美羽が成長した分、弓子には全く理解できない娘になっていた。美羽は言葉を使わずにエメリーとお話をし(※1)、手のひらに結晶が生えても動じず、無邪気に「美羽ね、こんにちわって挨拶したよ。たくさんお話ししようねって」(※2)と母に言うような子どもだった。一騎と総士は己の罪を自覚し、自ら罰を与えたが、自ら犯した罪に無自覚な弓子に対して、娘の美羽が理解できないという罰が与えられたと見ることができる。それ故、弓子が美羽を理解できるようになるのは自らの犯した罪を償った時、ということになる。弓子が罪を償うための代価は、総士と一騎と同じく自らの命だった。だが、弓子は総士や一騎のようにフェストゥムを祝福する人間ではないため、自らの命で罪を償った後、いなくなるはずだった。しかし、美羽はまだ幼く、母の存在が必要であり、美羽が母の存在を望んだため、弓子はアショーカの力で生きることになった。弓子がアショーカに作られた存在になったということは、フェストゥムとコミュニケーションができる美羽の世界に足を踏み入れたことを意味していた。弓子は美羽と同じ立場になった時、ようやく娘である美羽のことが理解できるようになった。

弓子「今は美羽が理解できるもの。
   わかってあげられないことの方が、ずっとつらかったわ」
『EXODUS』19話

 弓子は自らの命で罪を償ったことで許された。そして、娘、美羽を理解することができるようになった後、少しの間だけ一緒にいることも許された。だが、アショーカの力で生きていた弓子はこの世にそう長く存在することはできず、その役割を終えた時に消滅し、その記憶は竜宮島に還っていった。

 

 『EXODUS』ではフェストゥムよりも同じ人間同士の方が、相手の価値観を理解し、受け入れるのは難しいということが描かれたが、弓子と美羽の間に生じたコミュニケーション不全は「たとえ同じ人間であっても、相手と同じ立場に立たたないと理解できないものもある」ということを示しているのかもしれない。

 

※1 『EXODUS』3話。

※2 『EXODUS』6話、美羽の台詞。