なぜ『THE BEYOND』のラストで、一騎と真矢はノベライズと同じ選択をしたのだろうか。
●総士のいない世界
ノベライズで総士は一騎に左目を傷つけられた後、一騎のそばから去った。
左目に包帯を巻いた総士が、いつもの笑顔で学校に戻ってきた。
(中略)
その半年後――一騎と総士は別のクラスになり、今のように疎遠になった。
『蒼穹のファフナー ADOLESCENCE』二章7(※1)
そのため、竜宮島にフェストゥムがやってくるまで、一騎が生きている世界に総士は存在していないも同然でした。
「へえ……四年と七ヶ月と十一日ぶりだな」
甲洋は、そんなことを言いながら、しげしげと一騎と総士を見比べている。
「なにがだ? 甲洋?」
と訊いたのは総士だ。
「お前たちが、そうやって一緒に帰るところを見るのが、さ」
『蒼穹のファフナー ADOLESCENCE』一章4(※2)
こそうし「これをお前が流せ。
僕が皆城総士だ。
お前が知ってる誰かはもうどこにもいない」
『THE BEYOND』12話
『EXODUS』26話でマークニヒトのコックピットにいた赤子は総士とは別の人格を持つ人間でした。一騎は2151年~2156年までの5年間、総士のいない世界で生きていたことになります。
一期開始直前の一騎と『BEYOND』12話の一騎が置かれている状況をまとめると、以下のようになります。
ノベライズ | THE BEYOND | ||
総士 | いない (存在している) |
いない (存在していない) |
|
総士がいない期間 | 4年7ヶ月11日 | 5年 | |
一騎の友達 | 甲洋 | 甲洋 | |
島を出る条件 | 中学を卒業した後 | 戦いが終わった後 |
『BEYOND』の一騎はノベライズの一騎と同じく、総士のいない世界で5年生き、その世界での友人は甲洋でした。島を出る条件が「中学を卒業した後」から「戦いが終わった後」に変わりました。
一騎は物語の開始前、つまり竜宮島が平和だった時、甲洋に中学卒業後の望みを話していました。
「なあ……甲洋は来年になったら、どうする?」
何となく答えを予想しながら、訊いた。
「島を出るよ」
「そうか」
「お前も多分、そうするんだろう? 一騎?」
「ああ」
『蒼穹のファフナー ADOLESCENCE』一章3(※3)
『BEYOND』11話でフェストゥムとの戦いが終わり、世界に平和が訪れた後、世界が平和だった時の一騎の望み通り、一騎は甲洋と一緒に竜宮島から旅立ちました。
一騎にとって竜宮島とは為すべきことをする場所であり、為すべきことが終わった後の竜宮島は一騎のいる場所ではない、ということになります。
●翔子のいない世界
遠見真矢
一騎の幼なじみ。ほのかな恋愛感情を抱いているが、親友の翔子が一騎への想いをあらわにしているため、自分はそうではないと思いこんでいる
【3時間目】蒼穹のファフナーの書き方/人物とプロット(※4)
ノベライズの真矢のそばには翔子がいたので、一騎への想いを表に出すことができなかったが、『THE BEYOND』の真矢のそばには翔子がいないので、一騎への想いを表に出すことができるようになりました。
『THE BEYOND』4話では一騎の手を取ることができた。
『THE BEYOND』8話では一騎と二人きりで話をすることができた。
『THE BEYOND』12話、喫茶楽園前での一騎と真矢の会話シーンを理解する際、総士が重要な鍵になっています。
ノベライズは翔子と総士のいる世界でした。真矢は翔子を意識して一騎に自分の想いを言うことができませんでした。
『EXODUS』は翔子はいないが、総士のいる世界でした。真矢は自分の想いを一騎に言えませんでしたが、総士が真矢の考えを代弁し、真矢に言葉を促してくれたので、一騎に自分の想いを伝えることができました。
総士「遠見は違うと言っているぞ」
真矢「何? 皆城くん。」
総士「言いたいことを口にするといい」
真矢「するといいって。
今いる人たちみんな、帰る場所を失って、取り戻そうとして旅してる。
一騎くんも皆城くんも帰る場所があるんだよ。
それはとっても幸せなことだって。
忘れないで」
『EXODUS』14話
『THE BEYOND』は翔子と総士のいない世界でした。そのため、真矢は一騎に自分の想いを伝えるか否かを自分で決めなければならなくなりました。真矢は一騎に自分の想いを伝えないという選択をしました。
真矢「一騎君、この島にと……。
いつ島を出るの」
『THE BEYOND』12話
『THE BEYOND』の真矢はノベライズの真矢と同じく、一騎に自分の想いを伝えないという選択をしたので、『THE BEYOND』で真矢が一騎に言った言葉はノベライズの真矢が一騎に言った言葉と同じになったのです。
真矢「私じゃ一騎君のいる場所には行けないから、
ここで帰る場所を守ってるね。
たまには帰ってきてね、竜宮島に」
一騎「約束するよ」
『THE BEYOND』12話
「ねえ一騎くん」
「たまには、帰ってきてよね」
「私、きっと……ずっと、ここにいるから」
「たまに……な。帰るよ……。遠見が、いるところに」
『蒼穹のファフナー ADOLESCENCE』エピローグ(※5)
※1 冲方丁『蒼穹のファフナー ADOLESCENCE』(2013年、ハヤカワ文庫JA)より引用。
※2 冲方丁『蒼穹のファフナー ADOLESCENCE』(2013年、ハヤカワ文庫JA)より引用。
※3 冲方丁『蒼穹のファフナー ADOLESCENCE』(2013年、ハヤカワ文庫JA)より引用。
※4 冲方丁『冲方丁のライトノベルの書き方講座』(宝島社文庫)より引用。
※5 冲方丁『蒼穹のファフナー ADOLESCENCE』(2013年、ハヤカワ文庫JA)より台詞のみ引用。