なぜ「互いの祝福の彼方」が『蒼穹のファフナー』を終わらせるための「鍵」になっているのだろうか。
一期では総士が一騎に残した言葉が物語を終わらせるための「鍵」になっていた。
総士「僕は一度、フェストゥムの側に行く。
そして、再び、自分の存在を作り出す。
どれほど時間が掛かるかわからないが、必ず」
総士「僕はここにいる。
いつか再び出会うまで」
一期26話
私は自分の手で物語を終わらせるための「鍵」(【二次創作】一期最終回のその後 を参照)を作ったため、『RIGHT OF LEFT』を見終わった時、物語が完全に終わってしまいました。
その後、『HEAVEN AND EARTH』(2010年)が制作され、製作者が物語を終わらせるための「鍵」を作ったため、『HEAVEN AND EARTH』を見た人がこの作品で物語が終わったと感じた人が多かったのです。
一期と同じく『EXODUS』でも総士は一騎に言葉を残しました。
総士「未来へ導け、一騎。
そして、互いの祝福の彼方で会おう、何度でも」
『EXODUS』26話
一期と同じく、物語を終わらせるための「鍵」になっていましたが、一行目の言葉は『THE BEYOND』11話で回収されました。
総士「未来を導いたな」
『THE BEYOND』11話
そのため、二行目の「互いの祝福の彼方で会おう、何度でも」が、視聴者が物語を終わらせるための「鍵」になっているということになります。つまり、「互いの祝福の彼方」を自分で書いた時、つまり「互いの祝福の彼方」が何であるのかを理解した時、『蒼穹のファフナー』という物語が終わるのです。
『蒼穹のファフナー』は製作者が視聴者に対して物語の終わりを突きつけるのではなく、視聴者が物語を終わらせたいと思った時に物語を終わらせることができる、という作りになっていました。